M&Aとは?目的・メリットから手法、最新動向までわかりやすく解説
2025年12月17日更新会社・事業を売る
M&Aの企業価値評価(バリュエーション)とは?3つのアプローチと計算方法をわかりやすく解説
M&Aにおける企業価値評価(バリュエーション)は、適正な売買価格を算出するために不可欠です。本記事では、評価の基本から3つの主要アプローチ、具体的な計算方法までを専門家が丁寧に解説します。
目次
- M&Aの企業価値評価(バリュエーション)とは?基本を解説
- M&Aの企業価値評価(バリュエーション)を進める具体的なステップ
- 【上場・非上場別】M&Aにおける企業価値評価の違い
- M&Aにおける企業価値評価の手法
- M&Aの評価額を最大化する3つのポイント
- M&Aの企業価値評価における売り手側の留意点
- 失敗しないための買い手の2つのチェックポイント
- M&Aにおける企業価値評価の算定方法:コストアプローチ
- M&Aにおける企業価値評価の算定方法:マーケットアプローチ
- M&Aにおける企業価値評価の算定方法:インカムアプローチ
- M&Aにおける企業価値評価のポイント
- 企業価値評価(バリュエーション)はどこに相談すべき?
- 企業価値評価(バリュエーション)の相談先の選び方
- M&Aにおける企業価値評価のまとめ
M&Aの企業価値評価(バリュエーション)とは?基本を解説

M&Aにおける企業価値評価(バリュエーション)とは、対象企業の経済的な価値を客観的な指標を用いて算定することです。M&Aは企業の売買であるため、その取引価格を決めなければなりません。しかし、特に非上場企業には市場価格のような明確な相場が存在しないため、企業価値評価によって算出された価額が、交渉の土台となる基準値となります。
売り手と買い手、双方の希望価格には隔たりがあるのが通常です。客観的な企業価値評価を行うことで、双方が納得できる公正な価格交渉を進めるための羅針盤となるのです。
M&Aの交渉においては、買い手企業が売り手企業の価値を評価するために実施しますが、M&Aによる出口戦略(イグジット戦略)を検討している企業も、自己採点的な意味合いで、自身の企業価値評価を行います。
M&Aの交渉では、相対的に売り手企業が劣勢な立場に立たされることが多いため、交渉に発展する前に企業価値評価などを行い、理論武装をしておくことは有益といえるでしょう。
企業価値評価で使われる「価格」と「価額」の違い
価格と価額、同義語と思われるかもしれませんが、厳密には以下のような違いがあります。
- 価格=Price=値段
- 価額=Value=値打ち
企業価値評価の英語訳がValuationであることからもわかるように、M&Aにおける企業価値評価とは、対象企業の価値=値打ちを評定することです。したがって、企業価値評価で算定された対象企業の金額は、価格とは言わず「価額」が用いられます。
企業価値と株式価値の相違点
企業価値と混同されやすい言葉に「株式価値(Equity Value)」があります。これらは同義ではありません。
株式価値とは、株主に帰属する価値のことで、上場企業における「時価総額」に相当します。一方、企業価値は事業そのものが持つ価値であり、株主だけでなく債権者(銀行など)の価値も含む、企業全体の価値を指します。両者の関係は以下の式で表されます。
**企業価値 = 株式価値 + 有利子負債(有利子負債等)**
M&Aでは、この企業価値をベースに、最終的な譲渡価格が交渉されます。
企業価値評価が求められる場面
上場企業であれば、株式市場の株価をベースにして簡単に株式価値(時価総額)が算出できます。しかし、非上場企業の場合は、それができません。そこで、上述したようにM&Aの交渉時における基準値として用いるため、企業価値評価が行われます。
非上場企業では、M&Aの場面以外でも、企業価値評価や株式価値評価が必要になることも把握しておきましょう。それは、事業承継時です。親族内承継であれば、後継者(親族)は自社株式を相続するか贈与を受けます。
その際、相続税・贈与税が課されますから、株式価値を算出しなければなりません。社内承継であれば、後継者(従業員・役員)は株式を買取る必要があります。そのためには、自社の株式価値評価や企業価値評価を行って、株式の売却額を決めなければなりません。
このように非上場の中小企業においては、M&A時のみならず事業承継でも企業価値評価が必要になります。
M&Aの成否を分ける企業価値評価の重要性
非上場企業のM&Aでは客観的な株価が存在しないため、売り手と買い手の交渉によって譲渡価格が決定します。売り手は自社の価値を高く評価しがちですが、客観的な根拠のない希望価格では交渉が難航します。
一方、買い手は株主への説明責任を果たすためにも、理論的な根拠に基づいた適正価格での買収が必要です。
特に2024年以降のM&A市場では、事業の将来性や無形資産(技術、ブランド、人材など)を重視する傾向が強まっています。簿外債務などの潜在的リスクを洗い出し、企業の真の価値を見極める客観的なM&A 評価は、取引を成功に導くための生命線といえるでしょう。
M&Aにおいて企業価値評価を行うタイミング
M&A取引において、企業価値評価は取引価額を決定する際の交渉材料として使われるものです。そのため企業価値評価を行うタイミングは基本的に秘密保持契約締結後~最終交渉の間に行われ大きく3つに分けられます。
基本合意契約の締結前
企業価値評価が行われる一番早いタイミングは、基本合意契約の締結前のタイミングです。秘密保持契約(NDA)が締結され、企業概要書(インフォメーションメモランダム)が売り手企業から買い手企業へ渡されるこのタイミングは、企業概要書を中心とした限られた情報の中で企業評価が行われます。
限られた情報の中での企業評価といっても、お互いの企業の目線感を決めることとなり、その後の契約交渉にまで影響をもたらすことになるため慎重に実施するする必要があります。
また、基本合意書にはその後に実施されるデューデリジェンスで問題点が検出された際には、金額を修正する旨を規定するのが一般的です。
デューデリジェンス実施後の契約交渉前
次に企業価値評価が行われるのは、デューデリジェンスを実施後の契約交渉前のタイミングです。デューデリジェンスを実施した中で検出された問題などを、将来の事業計画に影響を与えるものについては企業価値評価に反映されます。
意思決定の前
意思決定前の段階に関しては、企業価値評価が行われないこともあります。
投資を実行する際には取締役会での決定が必要になります。ここでの説明のために企業価値評価を用いることがあります。
この段階はすでに契約の詳細を詰めているため先述した2つのタイミングよりも簡易に企業評価が実施されます。
M&Aと相続の企業価値の違い
M&Aによる会社売却時の企業価値と相続税の計算における相続税評価額は全く異なります。
相続によって会社の経営者が変わる場合の企業評価額は、相続税の計算のため「財産評価基本通達」という国税庁が使用する評価方式が適用されます。これにより一定の評価額を算出することが可能であり、算定者によって企業の価値が上下する心配もありません。
一方、M&Aで企業買収を行う際の企業売却評価額は、会社が保有する資産に基づいた評価額だけでなく、今後、生み出される収益をのれん(営業権)として加算し、企業価値として評価するのが一般的です。
M&Aの企業価値評価(バリュエーション)を進める具体的なステップ
企業価値評価は、一般的に以下の3つのステップで進められます。
ステップ1:評価目的と評価基準日の設定
まず、何のために企業価値評価を行うのか(M&Aの検討、資金調達など)という目的を明確にします。次に、評価の基準となる「評価基準日」を設定します。通常は、決算日や直近の月次試算表の締日などが用いられます。
ステップ2:必要資料の収集と分析
評価目的と基準日が決まったら、評価に必要な資料を収集します。主に、過去3〜5期分の決算書、事業計画書、資産・負債の詳細がわかる資料(固定資産台帳など)が必要です。収集した資料を基に、企業の財務状況や収益性、将来性を詳細に分析します。
ステップ3:評価手法の選定と最終的な価値算定
分析結果を踏まえ、企業の特性に合った評価手法(コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチ)を選定します。多くの場合、1つの手法だけでなく複数の手法を組み合わせて多角的に評価します。各手法で算出した結果を総合的に勘案し、最終的な企業価値のレンジ(幅)を決定します。
【上場・非上場別】M&Aにおける企業価値評価の違い
企業価値評価をするうえで、簡単に時価総額が算出できる上場企業と、それが行えない非上場企業では算定プロセスに違いがあります。それぞれの概要をみていきましょう。
上場企業の企業価値評価
上場企業の企業価値評価を最もシンプルに計算する方法は、前章で紹介した以下の計算式です。
- 企業価値=株式の時価総額+有利子負債
補足すると、上場企業が売り手の場合のM&A取引において、その取引価額は時価総額よりも大きな金額になります。実際には必ずしも上の計算が行われるわけではなく、時価総額以外の部分について企業価値評価を行い、交渉のうえ金額が上積みされるのが実態です。
M&Aでの最終取引価額のポイントは「交渉で決まる」という点にあり、企業価値評価で算定された金額をベースとして売り手側のアピール、買い手側の思惑・評価を踏まえた交渉によって、最終的な取引価額が決まります。
非上場企業の企業価値評価
市場で株価が形成されていない非上場企業の場合は、専門的な手法を用いて一から企業価値を評価する必要があります。算出された評価額を基に交渉が行われますが、最終的な取引価額を大きく左右するのが「無形資産」の評価です。
無形資産には、以下のようなものが含まれます。
* 知的財産:特許、商標、著作権など
* 独自の技術・ノウハウ:製造技術、営業ノウハウなど
* 事業ネットワーク:販売網、顧客リスト、強固な取引関係など
* ブランド力:企業の知名度や社会的信用
* 人的資本:優秀な人材、専門資格、組織文化など
* 事業に必要な許認可
これらの無形資産は貸借対照表には表れにくく、評価が買い手によって大きく異なるため、M&Aに決まった相場が存在しない一因となっています。非上場企業のM&Aでは、これらの無形資産の価値をいかに適切に評価し、交渉材料にできるかが重要です。
M&Aにおける企業価値評価の手法
M&Aにおける企業価値評価の算定方法は、さまざまものがあるのが特徴です。それらは以下の3系統に分類されます。
| コストアプローチ | マーケットアプローチ | インカムアプローチ | |
|---|---|---|---|
| 概要 | 貸借対照表の純資産価値に着目して評価 | 類似企業や類似業種の株価に着目した評価 | 将来、生み出すと予測される収益性に着目した評価 |
| メリット | ・評価基準が客観的 ・算出方法がシンプル |
・客観性が高い ・市場取引環境を反映 |
・将来の収益力を価値に反映 |
| デメリット | ・評価に収益性が含まれない ・相場を反映していない |
・条件に合う企業が見つからないと適用できない ・市場の変動リスクを実態以上に受ける可能性がある |
・客観性に欠ける ・企業が続くことを前提としている |
コストアプローチ:企業の純資産に着目する評価手法
コストアプローチとは、企業の貸借対照表に計上されている純資産の価値に着目して企業価値を評価する手法です。「ネットアセットアプローチ」とも呼ばれます。
企業の保有する資産をすべて時価で評価し直し、そこから負債を差し引いて企業価値を算出するのが基本です。客観性が高く分かりやすいのがメリットで、特に資産を多く保有する企業や、清算を前提とする場合の評価に適しています。一方で、企業の将来の収益性を反映しにくいというデメリットもあります。
マーケットアプローチとは
類似企業や類似業種の株価に着目した評価方法が、マーケットアプローチです。市場で売買されている類似企業(業種)の株価をベースとして、対象企業の評価額を算出します。ただし、類似企業が見つからない場合は、算定方法自体が成立しません。
対象企業との類似性が高いほど、評価の精度は上がりますが、一方で類似性が低ければ評価額の妥当性にも疑義が生じる方法であり、いかに類似性が高い企業・業種を選択するかがポイントです。具体的な評価額算出方法としては、類似業種比較法、類似取引比較法などがあります。
インカムアプローチとは
企業が将来、生み出すと予測される利益・キャッシュフローに着目した評価手法が、インカムアプローチです。具体的な評価額算出方法としては、DCF(Discounted cash flow=ディスカウントキャッシュフロー)法、収益還元法、配当還元法などがあります。
中小企業のM&Aに適した評価手法の選び方
上場企業間のM&Aでは、将来の収益予測を価値評価に反映させるインカムアプローチが頻繁に用いられます。これは、将来得られる利益を現在価値に換算して企業価値を算出する方法です。また、同業他社との比較がしやすいことから、市場データに基づくマーケットアプローチもよく使われます。
では、非上場の中堅や中小企業のM&Aにおいては、どのような企業価値評価方法が適しているでしょうか。
基本はコストアプローチ
中小企業のM&Aにおける企業価値評価では、コストアプローチが基本となります。多くの中小企業は、上場企業と異なり公認会計士による監査を受けていないため、財務諸表の客観性が低いと見なされることがあるためです。そこで、まずは貸借対照表(B/S)の資産と負債を時価で洗い直し、実態純資産を把握するコストアプローチが重視されます。
特に「時価純資産+営業権(のれん)」で算出する方法は、客観性を保ちつつ、将来の収益力も加味できるため、実務で最も広く用いられています。
他の手法に関して
コストアプローチ以外の他の手法に関してに関しては採用できる場合もありますが、非常に困難なことが多いです。
マーケットアプローチの場合、相場やトレンドを反映させることができます。その反面、類似の企業を見つける必要があります。そのためマーケットアプローチを採用する場合は、評価する企業の規模が比較的大きく、類似の企業を見つけることができるもしくは、企業価値を算定する者が類似企業のデータを持っている必要があります。
インカムアプローチの場合、将来性をみて企業価値を評価されます。そのため、上場企業のような事業計画を作成できているもしくは売り手側のオーナーが退任せず、買い手側企業に入り引き続き事業に関わり事業計画を達成することができることが可能な場合にインカムアプローチでの評価を実施することができる可能性があります。
M&Aの評価額を最大化する3つのポイント
M&Aにおいて、より良い条件で会社を売却するためには、企業価値評価を高める取り組みが不可欠です。ここでは、評価額を最大化するための3つの重要なポイントを解説します。
収益性の向上と安定化
企業価値評価、特にインカムアプローチでは、将来生み出すキャッシュフローが最も重要な評価要素となります。そのため、継続的に高い収益を上げられる事業構造を構築することが不可欠です。
具体的には、主力事業の収益性を高める、新規顧客を獲得して売上を伸ばす、コスト削減を徹底するなどの施策が挙げられます。短期的な利益だけでなく、中長期的に安定した収益基盤があることを示すことが、高い評価につながります。
強固な組織体制の構築
M&Aでは、特定の個人(特に経営者)に依存した事業はリスクが高いと評価されがちです。経営者が不在でも事業が円滑に回るような、強固な組織体制を構築することが重要です。
業務のマニュアル化、権限移譲の推進、次世代リーダーの育成などを行い、「属人化」を解消しましょう。従業員の定着率が高い、安定した組織であることも、買い手にとっては大きな魅力となり、企業価値を高める要因となります。
無形資産の明確化とアピール
独自の技術、特許、ブランド、優良な顧客基盤といった無形資産は、貸借対照表には現れないものの、企業価値を大きく左右する要素です。自社が持つ無形資産が何であるかを正確に把握し、その価値を客観的なデータや資料で示せるように準備しておくことが重要です。
例えば、特許取得の証明書、顧客満足度調査の結果、ブランド認知度を示すデータなどを整理し、交渉の場で具体的にアピールすることで、評価額の向上を期待できます。
M&Aの企業価値評価における売り手側の留意点
ここでは、M&Aの企業価値評価における売り手側の留意点について紹介します。
M&Aの売り手企業において、以下のような財務状態だと高い企業価値評価を得られます。
正常収益として収益力が高い
正常収益とは、損益計算書(P/L)上で必ずしも確認できるとは限らない、事業そのものが生み出す実態の収益を指します。損益計算書の利益から、事業と関係のない損益や非経常的損益を除外し算出されます。
正常利益ベースで収益力が高く安定的に持続することができると見込まれれれば、企業価値評価のいずれにおいても基本的に高いのれん(営業権)がつきます。高いのれん(営業権)が付くことで株価も高くなります。
利子負債額が少なく純資産額が高い
利子負債額が少なく純資産額が高い場合には企業価値評価が高くなる傾向にあります。
コストアプローチは貸借対照表の純資産価値に着目して評価を行うため、純資産額が高いほど企業価値も高まります。
マーケットアプローチやインカムアプローチでは事業価値から非事業用資産を加算し、有利子負債等を控除することで企業価値評価を行います。そのため、利子負債額が少なければ企業価値評価が高まります。
いくら事業価値が高く評価されても、設備投資などのために金融機関から借入を多く行っていると企業価値が思っているよりも低く評価されることがあります。
含み益のある資産の保有
含み益のある資産の保有が多い場合は株価は高くなることが多いです。含み益がある資産とは、有価証券や土地、保険積立金などがあります。
特に土地は長期的に保有されていることが多くあるため、多額の含み益を抱えていることも少なくありません。
失敗しないための買い手の2つのチェックポイント
M&Aの企業価値評価における買い手側の留意点をまとめました。
投資額の考え方
買収にあたり投資額を決め、その中に収まる案件を検討することが大半かと思われます。売り手側の留意点で示したように、同等額の企業価値評価であっても、その内実は異なります。買収にあたって何を重視するか決めておかないと、誤った売り手の選択をしてしまうかもしれません。
コストアプローチでは時価純資産+営業権で算出されます。企業価値評価が高かった場合は、営業権が高く評価されたのか、利子負債額が少なく純資産額が高いため評価されたのかを確認する必要があります。
利子負債額が少なく純資産額が高いため評価された場合、M&Aの際に退職金などにより払い出すことで投資予算枠内に収めることも可能です。買い手側の手出しを抑えつつ、売り手の希望価格を実現することも可能です。
投資の判断基準
M&Aの交渉中は、焦りから冷静な判断が難しくなることがあります。そこで、「投資回収に何年かかるか」「投資額に対してどれくらい利益が見込めるか(ROI)」といった客観的な投資判断基準を持つことが、高値掴みを防ぎ、M&Aの失敗リスクを低減させます。
例えば、投資回収年数の目安として「EBITDA倍率」がよく用いられます。仮に自社の基準を「6倍(約6年で回収)」と設定した場合、対象企業の評価が8倍であれば割高と判断できます。ただし、業界のM&A取引相場が10倍であれば、市場価格よりは割安とも考えられます。このように、自社の基準と市場相場の両方を把握することが重要です。
M&Aにおける企業価値評価の算定方法:コストアプローチ
コストアプローチの代表的な算定方法として以下の3つを説明します。
簿価純資産法

対象企業の貸借対照表に基づいて、評価額を算出する方法が簿価純資産法です。貸借対照表の簿価額のみを基準にして計算する簡易的な方法で、純資産額=企業価値評価額となります。
客観性と簡便性に優れた算定方法ですが、資産の時価評価を行わないため含み損益が考慮されず、実態とかけ離れた評価になる可能性が高いです。
時価純資産法

対象企業の貸借対照表をベースに、資産および負債の時価評価を行って実質自己資本を算出する方法が時価純資産法です。実質自己資本(時価修正考慮後の純資産)=企業価値評価額となります。簿価純資産法の欠点を補う算出方法であり、より実態に即した評価額の算定です。
時価評価をする代表的な勘定科目は、資産項目では売上債権や棚卸資産、有形固定資産など、負債項目では、買掛金や未払給与、さらに偶発債務などの簿外債務があります。
時価純資産法でも貸借対照表という過去の実績のみに着目して評価をするため、企業が有する将来の収益力や帳簿には表れないブランド力などは一切、反映されません。M&Aは先行投資の意味合いが強いので、将来性などを考慮しない評価方法とM&Aとの相性はよくないといえます。
営業権を加えた時価純資産法(年買法)

営業権(のれん)とは、ブランド力や人材資源、将来の収益力といった帳簿では考慮されない無形の財産価値のことをさします。時価純資産法では帳簿外の事項は未考慮という欠点があるため、時価純資産に営業権(のれん)を加えることでその欠点を解消するものです。
コストアプローチの中では、中小企業のM&Aで最も採用されています。
コストアプローチのメリット
財務諸表の数字をベースに企業価値を算定するため、客観性に優れている点がコストアプローチを採用する最大のメリットです。
貸借対照表を見れば簿価純資産の価額はすぐにわかりますし、最新の業界動向や競合他社の事情といった複雑な要素は基本的に考慮されないため、客観性という面だけ考えれば十分であるといえます。
コストアプローチの注意点
コストアプローチのデメリットは、企業の将来性が評価に反映されず、足元の収益性なども考慮されづらいという点です。純資産とは、創業以来の積み上げによってできた実績なので、評価時点で業績好調、収益率拡大中だったとしても、それは純資産評価の一部にしかなりません。
また、将来性に至っては、評価に反映されておらず、 M&Aは将来の企業経営や事業拡大に向けた投資という意味合いが強いことから、将来性が考慮されていない点には注意が必要です。
M&Aにおける企業価値評価の算定方法:マーケットアプローチ
マーケットアプローチの代表的な算定方法として、以下の4つを説明します。先述したように、中小企業のM&Aでは企業価値評価として全ての企業に適用できるわけではありませんが、適用する際は類似会社比較法(マルチプル法)が最も用いられます。
市場株価法
上場企業限定のマーケットアプローチが、市場株価法です。対象企業の株式市場での株価の終値を、直近1~3カ月の期間の平均値を計算します。その平均値を企業価値として用いるものです。
類似会社比較法(マルチプル法)

評価対象企業と似た上場企業の「株価」を指標にして企業価値を算定する方法が、類似会社比較法(マルチプル法)です。評価対象企業が非上場の場合によく採用されます。
業種、企業規模、収益率、ビジネスモデル、財務状況などのさまざまな項目に照らし合わせ、対象企業と類似する上場企業を選択し、比準割合から対象企業の評価額を割り出す手法です。
評価額の客観的な妥当性は十分といえますが、類似企業が存在するのか、また類似性は十分なのかといった検証が必要になります。類似性が十分でない場合は、実態と評価額がかけ離れてしまうでしょう。
類似取引比較法
評価対象企業と似た「上場企業のM&Aの取引額」を指標にして、株式価値を算定する方法が類似取引比較法です。類似企業比較法の指標が「株価」であるのに対し、類似取引比較法は「M&Aの取引額」に着目している点に違いがあります。
M&A事例の取引額に各種倍率を掛け合わせて評価額を算出するのですが、買収プレミアムが多額に加味されることがあるため、類似企業比較法に比べて評価額の妥当性が不透明になりやすい点は留意が必要です。
類似業種比較法
類似業種比較法は、国税庁が資産(財産)評価のために採用している方法です。したがって、M&Aの現場での使用には向いていません。対象企業と事業内容が類似する複数の上場企業の株価の平均値に対し、定められている係数を掛け合わせて金額を算出する方法です。
マーケットアプローチのメリット
マーケットアプローチのメリットとしては、株式市場の価額が評価額に直結するため客観性に優れていること、また最新の株価が評価額に反映されやすいことなどが挙げられます。M&Aの際には、ステークホルダーの同意を得られやすい手法でしょう。
マーケットアプローチの注意点
マーケットアプローチの注意点は、株式市場の混乱・歪みによって株価が乱高下している場合、適切な企業価値評価ができないおそれがあることです。
自社でコントロールできない同業他社の不祥事や倒産、天災や感染症拡大などの予期せぬ事象は、いつ起きるか全くわかりません。マーケットアプローチの場合は、その影響をダイレクトに受けてしまうかもしれないということです。
また、企業評価に適切な類似企業があるのかどうか、どの程度の類似性が求められるかなどの確認が必要になる点もデメリットといえます。特にベンチャー・中小企業などは、類似する企業が存在しないケースも多いでしょう。
M&Aにおける企業価値評価の算定方法:インカムアプローチ
インカムアプローチの代表的な算定方法として、以下の2つを説明します。先述したように、中小企業のM&Aでは企業価値評価として全ての企業に適用できるわけではありませんが、適用する際はDCF法が最も用いられます。
DCF法
M&Aにおける企業価値算定の代表的な手法の1つがDCF法です。企業が「将来」生み出す収益(キャッシュフロー)を現在の価値に割り引いて企業価値評価を算出するので、割引キャッシュフロー法と称されることもあります。企業の将来の収益力に着目して評価額を計算する方法です。
DCF法による算定の流れ

DCF法による算定の流れを簡略化して説明します。
- フリーキャッシュフローの予測計算:税引き後営業利益+減価償却費-運転資本増加額-設備投資額
- 残存価値の算定:フリーキャッシュフロー×(1+永久成長率)÷(割引率-永久成長率)
- 割引率の算出:株主資本コストと負債資本コストを加重平均した加重平均資本コストWACC(Weighted Average Cost of Capital=ウェイテッド・アベレージ・コスト・オブ・キャピタル)を割引率とする
- 事業価値の算定:フリーキャッシュフローと残存価値をWACCによって現在価値に割り引く
- 企業価値の算定:遊休資産や有価証券などの非事業用資産額を事業価値に加算する
- 株式価値も算定:企業価値-有利子負債
配当還元法
企業が、将来、払い出す株主への配当金を現在の価値に割り引いて企業価値評価を行う方法が、配当還元法になります。
将来の価値を割り引くという意味ではDCF法と共通していますが、DCF法が将来の収益を指標にしていたのに対し、配当還元法は将来の配当金に着目している点が大きな違いです。
計算方法はさらに細分化され、過去の配当実績を使用して算出する「実績配当還元法」、同一業界内の標準的な配当性向を使用して算出する「標準配当還元法」、過去の配当実績を資本還元率10%で割引いて算出する「相続税法上(国税庁)配当還元法」などがあります。
いずれの方法においても、配当を行なっていない企業(中小企業など)には適用不可であること、企業の資産およびキャッシュフローは全く考慮されないことには留意が必要です。
インカムアプローチのメリット
インカムアプローチを採用する最大のメリットは、企業の将来性やM&A後のシナジー効果などを評価額に反映させられる点です。先行投資の意味合いが強いM&Aにおいては、インカムアプローチは企業価値評価額の算出に最も適していると考えられています。
インカムアプローチの注意点
他の2つのアプローチと比べて、評価額の客観性が欠けてしまう点は、インカムアプローチのデメリットです。
コストアプローチでいう貸借対照表、マーケットアプローチでいう株価のような客観的な数字ではなく、事業計画・将来性・シナジー効果といった不確定要素への依存度が高いため、評価額の妥当性には検証が必要でしょう。
ステークホルダーへの説明も十分に行うことが肝要です。企業の永続が前提になっているので、清算などを行う場合には採用できない点も覚えておきましょう。
M&Aにおける企業価値評価のポイント
M&Aにおける企業価値評価には、以下のようなポイントがあります。
①キャッシュフローに注目する
企業経営において、キャッシュフロー(資金繰り)は何よりも重要な要素です。黒字倒産(黒字決算で一見、順調と思われる企業が倒産すること)という事象があるように、資金繰りがしっかりと回っていなければ企業としての価値を評価できないおそれがあります。
経営と資金繰りは一体不可分であり、決算状況の優劣に関わらず、企業価値評価においては対象企業の資金繰り状況を必ず確認しましょう。
②いくつかの手法を併用する
企業価値評価には様々な手法があり、それぞれ一長一短です。例えば、コストアプローチは客観的ですが将来性を反映できず、インカムアプローチは将来性を加味できますが主観が入りやすい、という特徴があります。
そのため、1つの手法に固執するのではなく、複数の手法を併用し、それぞれの結果を比較検討することで、より多角的で実態に近いM&Aの評価が可能になります。特に売り手と買い手の交渉では、異なるアプローチから算出した価額を提示し合うことで、納得感のある合意点を見つけやすくなります。
③事業計画を入念に確認する
事業計画は、企業にとっては今後、進もうとしている道が記されているロードマップであり、将来の対象企業の姿を判断する材料となり得るものです。事業計画の内容を分析できなければ、それは対象企業の行く末を分析できないことと同義といえます。
対象企業がどのような将来を見据えて事業をしているのか、そのために足元ではどんな取り組みをしているのか、事業計画を通してしっかりと確認し、投資判断の可否を検討しましょう。
企業価値評価(バリュエーション)はどこに相談すべき?
企業価値評価を実施する際の相談先は下記が挙げられます。
- 税理士・公認会計士
- 金融機関
- 弁護士
- M&A仲介会社
相談先を選ぶ際には、主に専門性、信頼性、コストなどの基準を設け、比較検討すると良いでしょう。
まず、適正な金額での交渉に臨むためにも、企業価値評価に関する専門知識のある公認会計士や税理士、または公認会計士・税理士と提携している弁護士・M&A仲介会社に相談するのが望ましいです。ただし、公認会計士・税理士であっても、M&A実務に対応している方は非常に少ないため、M&A仲介会社に相談するのが無難でしょう。
また、自社の機密情報や財務情報をすべて提出することになるため、信頼できる相手かどうかも重要です。
そして、相談先によってコストは異なるため、事前に費用を確認して予算に合った相談先に依頼することが大切です。企業価値評価において、適切な評価が行われなかった場合、M&Aが失敗に終わる可能性もあります。
また、法的リスクや財務リスクを未然に防ぐことも可能です。そのため、M&Aがスムーズに実施できるよう、最適な相談先を選ぶことが重要です。
企業価値評価(バリュエーション)の相談先の選び方
企業の価値を正しく評価し、アドバイスする役割を持つのがM&Aの仲介会社やアドバイザーです。最近はたくさんのM&A専門の会社が出てきて、どの会社やアドバイザーを選べば良いのか迷うかもしれません。
選ぶ際の基準として、M&Aの成功実績や会社が上場しているか、対応が親身か、費用の多さや最初に必要な費用、口コミなどが考えられます。これら全ては大切なポイントですが、特に企業の売買を考えているオーナーの方には、最初の相談時に「自分の会社の価値や市場価格」を分かりやすく説明してくれるかどうかを選びの基準として考慮してみてください。
M&Aにおける企業価値評価のまとめ
企業価値評価は、M&Aの取引価額を決定する大変重要な情報なので、抜かりなく取り組むことが必要です。コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチの3系統に分かれる企業価値評価方法には、数多くの算定方法があります。
各算定方法の概要や特徴を理解しておくことが大切です。スムーズな交渉と適切な取引価額の決定、そしてM&Aを成功に導くためにも企業価値評価をしっかりと行いましょう。本記事の概要は以下のとおりです。
・コストアプローチ
→時価純資産法、簿価純資産法、営業権を加えた時価純資産法(年買法)など
・マーケットアプローチ
→市場株価法、類似企業比較法、類似取引比較法、類似業種比較法など
・インカムアプローチ
→DCF法、配当還元法など
・M&Aにおける企業価値評価のポイント
→キャッシュフローに注目する、いくつかの手法を併用する、事業計画を入念に確認する
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株式会社日本M&Aセンターにて製造業を中心に、建設業・サービス業・情報通信業・運輸業・不動産業・卸売業等で20件以上のM&Aを成約に導く。M&A総合研究所では、アドバイザーを統括。ディールマネージャーとして全案件に携わる。