M&Aとは?意味や動向とM&Aを行う目的・メリットなどをわかりやすく解説!
2024年10月28日更新会社・事業を売る
事業譲渡が従業員・社員に与える影響とは?退職金の取扱いや転籍時の注意点・M&A事例も解説
事業譲渡や会社売却などのM&Aで、その成否を左右しかねない存在が従業員です。会社や事業にとって従業員は大切な資産であり、その動向は無視できません。本記事では、事業譲渡が従業員・社員に与える影響、退職金の取扱い、転籍時の注意点、M&A実例などを解説します。
目次
事業譲渡と社員・従業員の関係性とは
事業譲渡を始めとするM&Aでは、経営者同士が内容の良し悪しを判断して話を進めていきます。それは当然のことですが、話が決まって後から知らされる売り手側の従業員にとっては、突然の事態に戸惑ってしまうでしょう。
事業譲渡の実施を聞いた従業員が驚き、動揺し、そして自分の立場がどうなるのか気にするのは、自然の成り行きです。そのような精神状態である従業員の心情を理解し、経営的見地を離れて相対することも経営者の務めになります。
それを怠ってしまうと、会社や事業にとって大切な資産である従業員の流出を招きかねません。場合によっては、それが原因で事業譲渡が破談する可能性すらあります。さらに、退職する従業員をめぐって、労働トラブルにまで事態がこじれるかもしれません。
事業譲渡の際、売り手企業側の社員・従業員における処遇のポイントは、以下のとおりです。
- 労働契約は引き継がれないが、その後も引き続き働き続けるケースが多い
- リストラされる可能性もある
- 退職する際は、売り手企業が支払う必要がある
事業譲渡の際に起こり得る、従業員に関する諸問題を未然に防ぐためには、さまざまな備えが必要です。事業譲渡の協議を進める場合、並行して従業員の雇用関係に関する情報や知識を得て、従業員の心情を思いやる対処を心掛けましょう。
事業譲渡の概要
事業譲渡と従業員・社員には、どのような関係性があるのでしょうか。この章では、事業譲渡がどのようなものか、事業譲渡による従業員・社員の処遇などを解説します。
事業譲渡とは
まずは、事業譲渡の概要を説明します。特に、譲渡で得るもの、譲受側の思惑に論点を絞りました。また、事業譲渡によって生じる明確な課題点もあり、それは従業員の目線でも明らかです。どのような課題があるのかも見ていきましょう。
①事業譲渡の狙い
事業譲渡は、M&Aの手法です。一般的なM&Aのイメージとしては、どちらかというと会社全体を売却するスタイルの方がなじみがあるかもしれません。実際、関連する諸問題を含めて比べると、手続きそのものは事業譲渡よりも会社売却の方が簡易です。
それでは、なぜ、会社売却(株式譲渡)だけではなく事業譲渡が選ばれているのか考えてみましょう。会社の売却とは、譲渡側から見ると会社を丸ごと買収企業に売る、つまり子会社になることを意味します。一方、事業譲渡とは、会社内の事業を個別に他の会社に譲渡するものです。
会社売却と比べて事業譲渡における最大の特徴は、譲渡契約を結ぶ際に譲渡側・譲受側の合意のもと、承継する内容の範囲を決められる点にあります。たとえば、譲受側としては、その事業が抱えている負債や不要な資産、契約などをあらかじめ排除できるのです。
会社売却の場合は、売り手側が持つ負債などを全て承継せざるを得ません。また、売り手側の経営者は、会社売却では経営権を失いますが、事業譲渡であれば自分の会社は存続した状態です。
細かい点を挙げれば他にもいろいろな相違点や、会社売却・事業譲渡それぞれ独特のメリット・デメリットが存在します。その中で最も顕著な違いが上述したもので、それが手続きの煩雑さがありながらも事業譲渡が選ばれる理由です。
②事業譲渡で生じる課題
上述のとおり利点のある事業譲渡ですが、事業譲渡成約後、対処しなければならない課題もあります。まずは、事業譲渡前にその事業関連で優良な取引先との契約があっても、それを引き継げないことです。別会社に事業が移るため、取引関係の契約はほぼ無効になります。
また、許認可が必要な事業であった場合、その許認可は事業を譲渡した企業が得ているため、これも承継できません。これらは、基本的に会社売却では起こり得ない問題です。譲渡した事業に必要な人員の労働契約も、表面上は承継できません。
別会社でありグループ会社でもない場合、法律上、労働契約の承継は不可能です。したがって、事業譲渡の場合、譲渡する事業にかかわる従業員の取り扱いに関して、譲受側の会社も含めた3者できちんとした取り決めを行わなければなりません。
事業譲渡における経営者の従業員・社員に対する考え方
事業譲渡が成立する際、経営者側が従業員に関してどのように考えているのか整理してみましょう。
譲渡側経営者
事業譲渡する側の経営者は、主に2つの考え方が混在しています。それは、無事な転籍と流出防止です。譲渡事業にかかわる従業員については、自社では退職または解雇の手続き後、譲渡された会社側で問題なく再雇用されることを願うスタンスになります。
譲渡事業で重要な役割を持つ従業員が、他社に就職することも心配です。会社に残る他の事業にかかわる従業員に関しては、事業譲渡に動揺・反発して感情的に退職する人が出ないようにするケアも考えなければなりません。
譲受側経営者
事業譲受する側の経営者は、その会社における事業の状態次第で2つの考えに分かれるでしょう。1つめの状況は、譲受した事業がその会社にとって新規ビジネスだった場合です。
その場合は新規事業を担える従業員は譲受側にいないため、譲渡側の従業員全員を享受できるのは大きなメリットであり、新規事業にとって不可欠ともいえます。
2つ目の状況は譲受側にすでに存在する事業を拡大するために事業譲受した場合です。事業拡大には一定のマンパワー増員が必要であり、特に主力従業員は欠かせないでしょう。
しかし、必ずしも譲渡側の従業員全員が必要というわけではなく、また従業員との契約は結びなおしとなるため、これを機に離職する人も当然でてきます。
主力従業員が離職してしまうとM&A後の事業運営にも影響がでるため、譲渡側従業員の希望、譲受側の受け入れ態勢に折り合いをつけ、事業譲渡と共にトラブルなく従業員が移れる環境にするのが最も望ましいといえるでしょう。
事業譲渡における従業員・社員の処遇
事業譲渡を行う際は、従業員の労働契約・転籍の取扱いについて事前によく理解しておくことが大切です。ここでは、事業譲渡と労働契約・転籍の取扱いや注意点をみていきましょう。
事業譲渡における労働契約の取扱い
事業譲渡が成立しても、会社売却のような包括承継のM&Aではないので、従業員を転籍扱いにはできません。事業譲渡した会社を退職し、譲受した会社に入社する手続きをするしかないのです。労働契約の観点では、事業譲渡企業との労働契約は終了となり、譲受企業と新たな労働契約を結びます。
しかし、従業員は労働契約の内容に関して、以前の内容を承継するよう主張できるのです。有給休暇の取得日数など従業員がすでに有する権利など、譲渡側での労働契約内容を承継するかどうかを、譲渡側企業、譲受側企業、そして従業員との3者間で合意を取ることになっています。
従業員が労働契約の承継を拒否すれば、従業員は譲受側の会社に移りません。従業員が労働契約の承継を許諾しても、譲受側の会社が拒否すれば労働契約の承継は行われません。そのため、事業譲渡では譲渡側企業、譲受側企業、従業員の間でコンセンサスを得る協議が必要です。
一方、事業譲渡を行う際に、譲渡側企業が事業にかかわる従業員を解雇し、譲受側企業が再雇用する「再雇用型」の方法があります。再雇用される場合は、基本的に譲受側の労働条件に従業員が従いますが、再雇用する譲受側企業と従業員の間で合意が取れれば、労働条件の変更は可能です。
ただし、イレギュラーな労働条件の変更は、会社の人事体系に波紋を投げかけるかもしれません。労務や法務などの 専門的な知識を織り交ぜながら実施する必要があります。
従業員・社員の転籍に関する5つの注意点
従業員の転籍は、1人ずつ契約を結ぶため手続きが煩雑です。ここでは、従業員・社員の転籍に関する注意点をみていきましょう。
転籍承諾書
譲受側は、必要な従業員が、譲渡側から確実に転籍することを望みます。そのため、譲渡側には従業員を滞りなく転籍できるようにするため、従業員から転籍を了承する転籍承諾書を取るように努める義務が課されるケースが多いです。
労働条件の承継
事業譲渡で雇用契約が承継される際、ほとんどのケースで労働条件は譲渡側で交わした内容が引き継がれます。しかし、譲受側は従業員の能力などに応じて新条件で雇いたいと考えるケースも多いです。
そこで、一定期間は譲渡側の労働条件が守られる取り決めを譲受側と従業員の間で行い、期間経過後、あらためて雇用条件を話し合うことも少なくありません。
従業員・社員の転籍拒否
譲渡の事業において、中心となる従業員・社員が転籍拒否することもありますが、譲渡側はそれを理由として従業員を解雇できません。譲受側が損をしないよう、必要とする従業員が転籍を拒否すると譲渡価額を減らせる契約を結ぶこともあります。
なお、企業が、事業や会社の存続のためにやむを得ず人員整理(整理解雇)をする場合、以下4つの要件を満たしていないと解雇権の濫用とみなされ、解雇が無効とされるので注意が必要です(労働契約法16条)。
- 人員削減の必要性が認められること
- 解雇回避の努力を十分に行ったこと
- 人選に客観的な合理性があること
- 十分に説明するなど手続きに妥当性であること
希望退職者
M&Aで事業譲渡を活用すると、譲渡側から譲渡される事業は、経営的にプラスになることが求められます。したがって、譲渡側の全従業員を受け入れることは、譲受側にとって必ずメリットになるとはいえないでしょう。
基本的に、事業譲渡のみを理由に従業員を解雇できません。しかし、解雇しない努力をした証として、希望退職の募集ができます。
この場合は従業員の意思で辞めるスタイルとなるため、退職手当増額や再就職先斡旋などの利点を提示して希望者を求めるようにしましょう。
【参考】退職の区分
従業員の退職は、大別して以下の2種類に区分されます。
- 自己都合退職
- 会社都合退職
自己都合退職に該当するのは、以下の3ケースです。
- 依願退職
- 辞職
- 懲戒解雇
一方、会社都合退職に該当するのは、以下のケースです。
- 懲戒解雇以外の解雇
- 退職勧奨
- 希望退職
- 早期退職
事業譲渡と従業員・社員の退職金
事業譲渡で譲受側に移った場合、従業員が最も気にするのは退職金の扱いです。事業譲渡では、従業員は実質的に新しい会社に移るため、退職金の受給条件が途切れてしまうイメージがあります。
実際はどうかというと、「譲渡側がその時点で精算する」か「譲受側が引き継ぐ」の対応方法に分かれており、譲渡側が従業員の退職金を精算する場合、従業員は譲受側に新規入社した扱いになり、その退職金制度に従うことになります。
このケースでは、譲渡側は資金を確保しておく必要があり、従業員は必然的に退職金制度が変わることに不満を抱くリスクがあります。それに対して、譲受側が退職金の制度を引き継げば、従業員の不満は出にくいでしょう。
ただし、この場合は、譲受側が退職金の支払いを請け負うため、事業譲渡の金額に影響を及ぼします。本来であれば、譲渡側が支払うはずの退職金分も譲受側が肩代わりするので、その金額を算出し事業譲渡価額から差し引くのが通例です。
退職金を支払う際の3つの注意点
転籍で退職金が減ってしまうと、従業員における転籍拒否などのトラブルにつながります。ここでは、退職金の注意点に関して確認しましょう。
退職金の精算方法
退職金の精算方法は、譲渡側の規定がベースになります。譲受側が債務を引き受けるケースでも、譲渡側の規定となることに注意しましょう。
勤続年数に応じた所得税控除額の違い
退職金における所得税は、勤続年数に応じた控除額があります。勤続20年までは、40万円×(勤続年数)の額(80万円に満たなければ80万円)、勤続20年超と20年までの控除800万円に足して、さらに70万円×(勤続年数-20)で出した額が退職金から控除額です。
事業譲渡では転籍となるので、転籍前の会社で18年、転籍先で15年働いたケースでは、トータル33年で20年以上ですが、転籍により勤続年数がリセットすると控除金額が減り、手元に残る金額が減少することもあります。
勤続年数の取り扱い
過去の勤続年数における取り扱いは、所得税控除額の違いにかかわる重要な要素です。勤めた会社の勤続年数と転籍先の勤続年数を足して退職金を算出するケースでは、支払われる退職手当などにおける勤続年数の計算に適用する「所得税法第30条に係る所得税基本通達30-10」に則します。
ただし、ほかの企業で勤務した期間によって退職手当などにおける支払い金額の算出をする旨が、譲受側の退職給与規程で定められているケースのみです。
事業譲渡による従業員・社員流出への2つの対策
会社にとって従業員は財産です。従業員が担当している事業にとって、その人は資産に他ならないものです。実際の現場では細かい点で条件がありますが、基本的に従業員の移籍なしで事業譲渡は成立しません。ここでは、事業譲渡の際にできるだけ従業員を引きつける秘訣を見ていきましょう。
①従業員・社員への丁寧で真摯な説明
事業譲渡の際に従業員が流出するリスクについてできるだけ担保を取るため、実際の現場では、事業譲渡側の会社が、該当する従業員から「転籍承諾書」を取りつけるケースが多いです。
こういったリスクヘッジを踏まえていない事業譲渡は、契約が成立しても従業員の流出によって事業が成立しなくなってしまい、譲受側が意図した事業戦略は実現できないでしょう。そうなれば違約問題にも発展しかねません。
そのため、事業譲渡を行う際は、譲受側と譲渡側がそれぞれ協議したうえで、従業員に入念な説明や説得を行うことが必須です。従業員にとっては、事業譲渡によって労働環境が大きく変わります。それは自分が望んだわけでもなく、会社の都合によって半ば強制的です。不安があるのも当然でしょう。
したがって、やはり重要なのは従業員への丁寧で真摯な説明です。事業譲渡のディールがある程度固まったら、譲渡側も譲受側も、従業員へ配慮することが求められます。従業員のことを考えて対応することが、事業譲渡を成功させて事業拡大の成果を得る鍵といえるでしょう。
②メリットを提示する
従業員に事業譲渡の説明を行う場合、単に転籍のお願いをするのではなく、従業員にとってメリットがある点もアピールしましょう。そのメリットとは、従業員の待遇向上が見込まれることです。
中小企業基盤整備機構の調査によると、事業譲渡に限らずM&Aでは、譲渡側より譲受側の方が規模が大きいケースが全体の8割以上となっています。譲渡側の従業員にとっては、譲受側に入ることで労働環境が一変し、労働条件が良化することも珍しくありません。
それが上場会社で大企業の場合は、その変化は顕著です。充実した福利厚生や安定した給料、住宅ローンを組む際の信用性など、さまざまな場面で必要になる社会的信用も高まります。これはメリット以外の何ものでもありません。
キャリアアップが実現し、譲受側の環境次第では個人のさらなるスキルアップも図れます。会社規模が大きい上場企業であればあるほど、倒産などの心配もありません。高いコンプライアンス性が求められるので、問題行為など起こさなければ解雇もされないでしょう。
これらのメリットをきちんと説明すれば、従業員も事業譲渡による転籍に合意してくれるでしょう。譲受側の条件に共鳴し、事業譲渡を積極的に支持するかもしれません。だからこそ、退職金や労働契約の承継などにおける対応で失敗しないことが大切です。
小さな対応ミスが従業員の誤解を呼び、場合によっては訴訟沙汰になりかねません。そのため、対応を担当する人事や労務のスタッフに、会社のスタンスをしっかりと理解してもらうことも大事です。
従業員へ無理に選択を迫ると、会社の評判が悪化し、譲渡側にも譲受側にも影響する可能性があります。会社をこれまで支えてくれた従業員のことを考えると、冷淡な対応は倫理的にもよくありません。
事業譲渡に関して従業員と話す際は、それぞれ理想とする道筋を考え、お互いが納得できる答を見い出すことを心掛けましょう。
事業譲渡が従業員・社員に与える影響まとめ
事業譲渡は経営判断です。その意図について、従業員は100%理解・納得ができないかもしれません。それでも、経営者としてできる限りの説明責任を果たす気持ちで最後まで対応しましょう。その態度を示すことが、経営者も従業員もWin-Winとなる事業譲渡が成立する原動力となります。
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