M&Aとは?意味や動向とM&Aを行う目的・メリットなどをわかりやすく解説!
2025年4月14日更新会社・事業を売る
株式譲渡と事業譲渡の違いは?メリット・デメリットを徹底解説
事業譲渡と株式譲渡は何が違うのか?本記事では、それぞれの特徴やメリット・デメリット、手続きや税金の違い、選び方のポイントをわかりやすくご紹介。最新の事例や関連知識にも触れながら解説します。事業承継やM&Aを検討中の方にも役立つ情報です。
目次
株式譲渡とは
株式譲渡とは、会社の株主が保有する株式を第三者(法人または個人)に譲り渡すことで会社の経営権を移転する手法です。譲渡される対象は会社の株式そのものであり、株主が交代しても会社そのもの(法人格)は存続します。つまり、株式譲渡では会社が所有する事業や資産・負債には直接手を加えずに、所有者だけを交替させることになります。このため、取引の主体は「株主(個人または法人)」対「譲受側(個人または法人)」となり、法人同士で行われる事業譲渡とは異なります。
株式を保有することで得られる権利には、配当を受け取る権利や会社解散時の残余財産の分配を受け取る権利、そして議決権などがあります。株式の過半数(50%超)を取得すれば、株主総会の普通決議で取締役を選任できるため経営権を掌握できます。また3分の2以上を取得すれば社名変更など重要事項も単独で決定可能です。このように株式の譲渡=経営権の移転となるため、オーナー経営者にとって株式譲渡は会社そのものを売却する手法と言えます。
株式譲渡の方法には、第三者への売買による譲渡のほか、親族への相続や生前贈与による承継も含まれます。ただし本記事では主に第三者への売買による株式譲渡(いわゆる第三者への事業承継型M&A)を中心に解説します。第三者への株式譲渡では、売り手(現経営者)が持つ株式を買い手が金銭と引き換えに取得する形になり、生前贈与や相続と異なり売却益に対して税金が発生します。
株式譲渡はM&A手法の中でも特に中小企業で利用が多い手法です。その大きな理由は、手続きが比較的シンプルで早期に現金化できる点にあります。例えば合併や会社分割、事業譲渡など他の手法では、株主総会の特別決議や債権者保護手続きが必要となり時間と手間がかかります。反対株主が多い場合はM&A自体が実行困難になるリスクもありますが、株式譲渡ではそのような特別決議や債権者手続きが不要なため迅速に進められます。現経営者に後継者がいない場合の第三者承継や、早期に会社を現金化したい場合に、株式譲渡は最も活用しやすい手法となっています。
株式譲渡の手続きと進め方
ここでは株式譲渡を実施する際の一般的な手続きの流れを説明します。株式譲渡は他のM&A手法に比べ手続きが簡易である点が特徴ですが、基本的な進め方と注意点を押さえておきましょう。
事前準備・相手先交渉
株式譲渡を行うには、まず譲渡先となる買い手企業や個人を見つけ、基本合意や価格交渉を行います。買い手候補が現れたら秘密保持契約を締結し、買い手によるデューデリジェンス(対象会社の詳細調査)を経て最終的な条件を詰めます。
社内承認手続き
非上場企業の場合、多くは定款で株式の譲渡に会社の承認が必要な譲渡制限が付されています。該当する場合、譲渡前に取締役会や株主総会で株式譲渡の承認決議を行います。これにより、買い手への株式売却について会社として正式に承認を得ます。※譲渡制限のない会社(公開会社など)ではこの手続きは不要です。
株式譲渡契約の締結
売り手と買い手の間で株式譲渡契約書を取り交わします。契約書には譲渡する株式数や譲渡価格、譲渡実行日、表明保証事項などを定めます。株式譲渡は基本的にこの契約の締結だけで完了でき、事業譲渡のように個別の資産目録や債務引受契約を細々と作成する必要はありません。契約書に貼付する印紙税(契約金額に応じ数百円~数万円)も発生しますが、手続き自体はシンプルです。
譲渡実行(決済)
契約書に従い、株式の受け渡しと譲渡代金の支払いを行います。未公開会社では株券を発行していない場合が多いですが、発行会社では株券の受け渡しをもって譲渡実行とします。株券がない場合は株主名簿の名義を書き換えることで株式の移転手続きを完了します。また、必要に応じて金融機関での決済や公証人の立会いの下で株式譲渡を実施することもあります。
各種変更手続き
株式譲渡によって経営権が移動した後、役員の選任変更や代表者の交代がある場合は、株主総会で決議し法務局へ役員変更登記を申請します。また、許認可事業の場合は事業主体が変わったことを行政に届け出る必要があるケースもあります(許認可によっては承継できないものもあるため事前確認が必要です)。
株式譲渡と事業譲渡・株式交換・合併との相違点
事業譲渡との相違点
株式譲渡は、売り手側の保有株式を法人もしくは個人譲渡する手法であり、手続き完了後は経営権が買い手側に移るだけで、会社自体が消滅するわけではなく、会社内の契約関係にも変化はありません。
一方、事業譲渡は、全ての事業を譲渡する「全部譲渡」と一部を譲渡する「一部譲渡」の方法があります。売り手側は譲渡後もそのまま経営権を存続できますが、従業員や取引先、不動産などの譲渡した資産における契約はいったん解除され、買い手側との契約をし直す必要があります。
株式交換との相違点
株式譲渡と株式交換の相違点は、対価が株式であるか現金かという点です。どちらも会社法に定められており、株式交換は会社法に基づいた組織再編方法で、対象会社を完全子会社化します。
株式交換では、対象会社が買い手に発行済み株式の全てを取得させ、代わりに買い手会社の株式を引き受けます。株式譲渡でも対象会社の株式を100%取得すれば完全子会社化できますが、対価となるのは現金です。
また、株式譲渡は取得比率を問わず行えますが、株式交換は完全子会社化する手法なので全株式を取得する場合にしか利用できません。
合併との相違点
合併は、2つ以上の会社を1つの会社に統合する手法です。包括的な承継となるため、消滅する会社における権利義務の全てが譲受企業に引き継がれます。
合併は、既存する会社にもう一方の会社が吸収される吸収合併と、新設会社に既存する会社の全てを引き継ぐ新設合併の方法があります。
合併と事業譲渡の大きな違いは、吸収合併は権利義務を包括的に承継し、事業譲渡は対象事業の権利義務を選択して個別に承継する点です。合併の場合、消滅会社は法人格がなくなりますが、事業譲渡の場合は譲渡企業に法人格が残る違いもあります。
株式譲渡によるM&Aを行うメリット・デメリット
数あるM&A手法のなかで、株式譲渡が特に非上場企業のM&Aに多く利用される理由は、すでに解説したとおりです。この章では、株式譲渡によるM&Aを行うメリット・デメリットについて見ていきましょう。
売り手側のメリット
大きな効果が得られる売り手側のメリットは、以下です。
- 手続きが簡単で迅速である
- 売り手側が受け取る売却利益が多い
- 税引き後に残る利益が多い
- 事業承継問題を解決できる
- 会社のさらなる発展が期待できる
- 従業員の雇用維持ができる
- M&A後も企業の独立性を維持できる
①手続きが簡単で迅速である
株式譲渡は、契約書の作成手続きのみで完了できます。基本的には、株主総会の承認が不要なため、手続きを迅速に進められます。もちろん、株式を買ってくれる会社が現れるのが前提条件ですが、相手が見つかればスピーディーに売却まで進むことも可能です。
ただし、譲渡制限がかかった非上場株式の譲渡では、手続きが若干面倒です(株式譲渡の手続きは後述します)。とはいえ、この場合でもほかのM&A手法と比べると簡便に完了でき、迅速に手続きできるため株式公開をするケースと比べて早く現金を得られます。
②売り手側が受け取る売却利益が多い
株式譲渡を活用して会社を売却した際、売却代金には「のれん」が含まれるでしょう。「のれん」とは、独自のノウハウやブランド、優良顧客との取引関係など目に見えない資産(無形資産)の価値です。
株式譲渡手続きの過程で、買い手側が「のれん」の価値を評価した場合、その分の価値が売却価格に上乗せされます。「のれん」の価値が大きいほど、株式譲渡した際に受け取れる金額は多くなるのです。
特許やノウハウの無形資産を強化すれば、それが「のれん」として評価されます。不要な在庫の処分によっても、企業価値の向上が可能です。
③税引き後に残る利益が多い
税金の観点からみても、株式譲渡は手元に残る利益が多くなる可能性が高いです。たとえば、事業譲渡と呼ばれるM&A手法では、会社に対して約30%の法人税、課税資産に対して消費税も課されます。
株式譲渡における税金に関しては後述しますが、株式譲渡では基本的に20%の所得税のみが課されるので、事業譲渡よりも税引き後に残る利益が多い可能性が高くなるでしょう。
事業譲渡で課税される資産には「のれん」が含まれます。「のれん」が多いほど、事業譲渡では支払う税金の額が多くなるため、「のれん」の価値が大きい場合は、株式譲渡によるM&Aのほうが税金面では有利です。
④事業承継問題を解決できる
中小企業において、後継者がいないことは深刻な問題です。実際に、子息などの親族が事業を継ぐ割合は、年々減少し、それによって廃業した会社や、廃業を予定している会社が多く存在します。
成長性・将来性があるのに、後継者がいない理由で会社をたたむのは、経営者にとって心苦しい決断です。
株式譲渡は、後継者問題を解決できるだけでなく、事業の継続も可能です。「親族や社内に後継者がいない」場合でも、外部への売却によって会社をたたまずに済みます。
⑤会社のさらなる発展が期待できる
株式譲渡を行うと、売り手企業は買い手企業の子会社となり、事業を継続させます。株式譲渡の売り手側は、買い手企業のさまざまなリソースを活用できるのです。その企業におけるブランド力はもちろん、技術力や人材などによってさらに成長することも可能です。
金銭的な理由から着手できなかった事業や、より広い分野の事業を行える可能性もあります。特に、大手企業への譲渡が成功すれば、双方にとって大きなメリットを得られるでしょう。
⑥従業員の雇用維持ができる
売り手側の経営者が、第三者への事業承継で心配する点に、従業員の存在が挙げられます。従業員の雇用を継続するかどうかは買い手側に権利があるので、心配になるのも当然のことです。
株式譲渡をしても従業員の雇用は引き継がれ、権利があるからといって簡単に解雇はできません。
整理解雇などを行う企業も存在しますが、手荒な行いは買い手側企業の社会的評判を落とすことにつながります。そういった理由もあるので、売り手側の経営者は安心して譲渡ができます。
ただし、ファンドを行う企業など、利益第一の買い手であればその限りではありません。株式譲渡の際は信用に足る相手か、きちんと調査して見極めることが重要です。
⑦M&A後も企業の独立性を維持できる
株式譲渡では、買い手側が売り手側の株式を譲渡することで、経営権を引き継ぎます。売り手側の法人格はM&A後も残るため、企業の独立性の維持が可能です。
経営権だけが引き継がれ、経営者や役員、会社名などはそのままであるケースもあるため、従来どおりの社風で経営ができる可能性もあります。
社風を維持するには従業員の雇用や待遇の維持が欠かせないため、事前にしっかり説明しましょう。
買い手側のメリット
次に、株式譲渡における買い手側のメリットを紹介します。主なメリットは、以下の3つです。
- 迅速にM&Aができスムーズな営業の開始が可能
- 「のれん」の獲得による事業の拡大
- 株式を過半数取得すれば支配権を確保できる
①迅速にM&Aができスムーズな営業の開始
売り手側のメリットと同じく、買い手にとっても手続きが簡単な点がメリットです。買い手側は取引先や従業員との再契約が不要なため、登記変更申請などの手続きも必要ありません。株式譲渡では許認可における各種権利なども引き継がれるケースが多いです。
事業譲渡や新設合併の場合、買い手が許認可申請などの再申請を必要とする場合がありますが、株式譲渡にはそれがありません。許認可申請を事前にする必要がなく、株式譲渡後円滑に事業を行えるでしょう。ただし、許認可が引き継げない可能性もあるため、確認は必要です。
売り手と買い手の交渉がスムーズに進めば、短期間でM&Aが完了する可能性があります。非上場の中小企業では、売り手側の経営者個人が全ての株を所持していることも少なくありません。その場合、交渉や手続きは二者間だけで済むため、かなり短期間でM&Aを完了させられます。
交渉が長引くことは、双方にとってあまり良いことではないため、時間をかけずに済むのは大きなメリットです。
②「のれん」の獲得による事業の拡大
先ほども説明したとおり「のれん」とは、独自のノウハウやブランド、優良顧客との取引関係における目に見えない資産の価値です。これらを引き継ぐことによって、少ない労力で技術や顧客を一気に入手できます。特許や販売ルートが手に入れば、自社の利益をさらに増やせるでしょう。
経営権を獲得しているので、自社のノウハウや技術も、買収した企業に利用してもらえます。買収した企業の経営状況を改善したり、自社の販売ルートを提供したりすると、株式譲渡前よりも売り上げを伸ばせるでしょう。
③株式を過半数取得すれば支配権を確保できる
買い手は、株式の過半数(50.1%以上)を取得すれば、支配権を確保できます。株式会社において取締役の選任は、株主総会の普通決議で行います。
普通決議では過半数の賛成で承認されるため、買い手が過半数の株式を取得すれば自社の役員を取締役に選任することも可能です。
重要な意思決定を行う株主総会の特別決議をとおすためには、議決権における2/3以上の賛成が必要です。支配権をより確固たるものにするためには、2/3以上の株式取得を目指すとよいでしょう。
売り手側のデメリット
売り手側のデメリットは主に以下の3つです。
- 税金の支払いがある
- 株式すべての譲渡が難しいケースもある
- 譲渡価格が下がる可能性がある
それぞれ順番に解説します。
①税金の支払いがある
売り手の主なデメリットに、税金の支払いがあります。株式譲渡では、株式を買い手側に売却し、その対価を得ます。これも会社にとっては利益となるため課税対象です。株式譲渡によって発生する税金は後述するので、まずは税金が発生することを認識しましょう。
②株式すべての譲渡が難しいケースもある
買い手が100%の株式取得を目指す際、反対する株主や所在が不明な株主がいると、全株式の譲渡ができません。このような場合、対象企業の大株主が強制的に株式を取得する「スクイーズアウト」を利用して、少数株主を排除する方法があります。
ただし、スクイーズアウトを実施するには要件を満たし、対価の支払いも必要です。そのため、少数株主の存在は株式譲渡の際にデメリットとなります。
③譲渡価格が下がる可能性がある
株式譲渡は事業譲渡と異なり、一部の事業だけを譲渡することはできません。売り手企業に不採算事業がある場合、その影響で譲渡価額が下がる可能性があります。
このような場合、より良い条件で売却するために、会社分割などで不採算事業を切り離す方法を検討する必要があります。
買い手側のデメリット
株式譲渡では、以下のとおり売り手側よりも買い手側にデメリットが多いので、買い手側となる場合は十分に検討したうえで株式譲渡を行いましょう。
- 問題点を引き継いでしまう
- 多額の「のれん」が後々利益を圧迫する可能性がある
- シナジー効果を獲得できないおそれ
- 株主が分散していると手続きが複雑化する
①問題点を引き継いでしまう
株式譲渡は包括承継スキームであるため、買い手は売り手の資産だけでなく負債も引き継ぎます。デューデリジェンスを徹底してもすべてのリスクを排除するのは難しく、不要な経営資源や、賠償義務、簿外債務までも承継する可能性があります。
内容によっては今後の経営に影響をおよぼすので、M&A前にデューデリジェンスを徹底して行い、しっかり検討することが重要です。
問題があった際、問題点を踏まえたうえで買収するメリットがあるかどうかを再度検討し、「リスクを負いたくないが欲しい事業がある」場合は、事業譲渡など別手法の活用も考えるとよいでしょう。
②多額の「のれん」が後々利益を圧迫する可能性がある
「のれん」を高く見積もった場合、株式譲渡の実施後に悪影響が出る可能性があります。会計上「のれん」は、毎年少しずつ費用へ振り替えていく減価償却が必要です。「のれん」に多額の資金を支払っても、当面は資産に計上できます。
しかし、この金額が収益と比べて過大であると判明した場合、減損処理が必要です。減損処理を行うことは、投資の失敗を意味します。そうなれば、投資額を回収できないばかりか、投資の失敗によって株価の下落を招く可能性もあります。
買い手側は買収したい企業の収益性を見極めたうえで、株式譲渡を実施しなくてはいけません。株式譲渡は、売り手側にメリットが多い一方で、買い手側にとってはリスクがあるM&A手法です。とはいえ買い手側にとっても、簡単な手続きで買収できる点はメリットでしょう。
「のれん」の価値を適切に見極めたいのなら、売り手となる会社の状況なども踏まえて慎重に候補を選定してください。
③シナジー効果を獲得できないおそれ
株式譲渡後、売り手側は別会社として存続します。買い手と売り手は親会社・子会社の関係になるものの、別会社である以上、親会社と子会社間で取引などを行うには一定の制限があります。
制限がかかることにより、十分なシナジー効果を獲得できない可能性がある点はデメリットの1つといえるでしょう。シナジーをより多く得られるよう、対象会社を100%買収後に合併するケースもあります。
シナジー効果を最大にするためには、企業文化の相違や経営陣の関係性などを、デューデリジェンスやトップ面談の段階で見極めることも重要です。
④株主が分散していると手続きが複雑化する
株主が分散していると、手続きが複雑化する可能性があります。株式譲渡では株主から株式の買い取りを行いますが、株式の買い取りには強制力がないため売却を拒否される場合もあるでしょう。
仮に、1名の株主が全ての株式を保有しているケースでは、その1名との交渉が成立すれば、買い手側は全ての株式を取得できます。しかし、株主が10名いて株式を10%ずつ保有している場合、6名が反対すると買い手側は目標となる過半数の取得が困難です。
基本的に株式の買い取りは相対取引となるので、株主ごとに価格が違うことも考えられます。しかし、実際は個別で交渉すると手間がかかるうえ、株主間で不満がでるケースも想定されるので、同一価格で買い取りを行うのが一般的です。
事業譲渡によるM&Aを行うメリット・デメリット
事業譲渡によるM&Aを行うメリット・デメリットについて、売り手と買い手に分けて解説します。
売り手側のメリット
複数の事業を運営している会社の場合、収益性が低い事業を売却し、そこで得られたお金を主力の事業に投資することで、会社の成長につなげられることがあります。
こうすることで、限られた経営資源を効率よく集中でき、会社全体の競争力を高めることができます。事業譲渡は会社の強みを伸ばし、効率よく経営資源を活用するための有効な方法と言えるでしょう。
買い手側のメリット
買い手企業側には、主に次の2つのメリットがあります。
1つ目は、自社にとって本当に必要な事業や資産だけを選んで譲り受けられる点です。そのため、魅力のない事業や不要な資産を取得する必要がなく、譲渡にかかるコストを抑えられるメリットがあります。
2つ目は、負債や不利な契約などのリスクがあるものを避けて譲り受けられる点です。株式譲渡などの方法では、簿外債務や偶発債務を含むすべての負債を引き継ぐ可能性がありますが、必要な資産を個別に選択して譲渡を受けることで、こうしたリスクを大きく軽減できます。
売り手側のデメリット
売り手企業には主に2つのデメリットがあります。
1つ目は、手続きが複雑で負担が大きいことです。事業譲渡の場合、資産や契約を個別に移転するため、株式譲渡より手間がかかります。顧客や不動産の賃貸借契約などについても、それぞれ承継の手続きが必要です。
また、譲渡対象事業の従業員を引き継ぐ場合、移籍の同意を個別に得る必要があります。その際、勤続年数や有給休暇などの条件が引き継がれないことを、従業員にしっかりと説明し、納得してもらわなければなりません。
2つ目は、譲渡後に事業内容に制約が生じることです。会社法の規定では、譲渡企業は事業を譲渡した後、同じ市町村や隣接する地域において20年間、譲渡したのと同種の事業を行えません。さらに、契約に特約を付けることで、この期間を最長30年まで延ばすことができます。
買い手側のデメリット
買い手企業には、主に次の2つのデメリットがあります。
1つ目は、契約手続きが煩雑な点です。譲渡企業が結んでいた取引先との契約を引き継ぐためには、改めて契約を結び直す必要があります。この際、取引先から承諾を得られない場合、譲受企業は契約を引き継げなくなってしまいます。
2つ目は、許認可をそのまま引き継ぐことができない点です。人材紹介業や産業廃棄物処理業など、許認可が必要な事業の場合は、譲受企業は許認可を新しく取得し直す必要があります。
M&Aの際に株式譲渡・事業譲渡を選ぶ基準
M&Aの際に株式譲渡・事業譲渡を選ぶ基準として、4つのポイントを紹介します。
譲渡範囲
まず検討すべきなのは、譲渡の範囲です。会社のすべてをまとめて譲渡したいなら、株式譲渡が適しています。株式譲渡では、経営権をそのまま譲ることになるため、事業を分割して譲ることはできません。一方、特定の事業だけを譲り渡したい場合は、事業譲渡のほうが柔軟に対応できます。
課税対象や税率
次に考慮するのは、税金の違いです。事業譲渡では、譲り渡した資産に対して消費税が発生し、さらに譲渡益に対して約30%の法人税がかかります。
一方、株式譲渡の場合、消費税は発生しませんが、譲渡益には約20%(所得税、復興特別所得税、住民税の合計)の税金がかかります。また、不動産が含まれると不動産取得税や登録免許税が別途発生します。
従業員の雇用移転
従業員の扱いも重要です。事業譲渡では、従業員一人ひとりの同意を得なければ新会社に移ることができません。同意を得られなければ、譲渡先で雇用を継続できなくなります。一方、株式譲渡では会社そのものは変わらず存続するため、従業員個別の同意は必要ありません。
負債の引き継ぎ
最後は負債の問題です。事業譲渡では負債を引き継がない選択ができますが、株式譲渡では簿外債務も含めてすべての負債をそのまま引き継ぐことになります。そのため、株式譲渡の場合は事前に詳しい調査を行い、負債をしっかりと把握したうえで譲渡価格や条件を決める必要があります。
株式譲渡によるM&Aの事例3選
では最後に最新版、株式譲渡によるM&Aの事例を3つご紹介します。
ワダカルシウム製薬による森下仁丹への株式譲渡
2023年9月15日、森下仁丹(本社:大阪府)は、ワダカルシウム製薬(本社:大阪府)から製造部門を切り離して新たに設立する子会社「MJ滋賀」(滋賀県犬上郡)の全株式を取得する契約を結びました。
MJ滋賀は、ワダカルシウム製薬の製造事業を引き継ぎ、医薬品や健康食品などを製造しています。森下仁丹は医薬品や健康食品、サプリメントの製造・販売に加え、カプセルの受託製造など幅広く事業を展開しています。一方、ワダカルシウム製薬はカルシウムを中心とした医薬品や栄養補助食品の製造販売を行っています。
森下仁丹は、MJ滋賀をグループに迎え入れることで、生産能力や品質管理体制を一段と強化でき、グループ全体の成長と企業価値の向上につながると判断しました。
東急不動産によるトライアルリアルエステートへの株式譲渡
2023年8月21日、福岡県福岡市に本社を置くトライアルホールディングスの子会社、トライアルリアルエステート(TRET)は、東急不動産(東京都渋谷区)が保有していた「TGR大分」と「TGR阿蘇」の全株式を取得することを発表しました。
TGR大分およびTGR阿蘇はゴルフ場運営会社であり、今回の株式取得によりTRETの100%子会社となります。
トライアルグループは、旅館やゴルフ場などリゾート関連事業を積極的に拡大しており、ゴルフ場の取得を通じて事業規模の拡大を進めています。TRETは、不動産の保有・管理から売買・コンサルティングまで、幅広く不動産事業を展開しています。
一方、東急不動産は、都市開発や宅地造成、リゾート施設運営など、多角的な不動産事業を手がける総合不動産会社で、東急不動産ホールディングスのグループ会社です。
トライアルグループは今回のM&Aにより、保有するゴルフ場を3施設へと増やし、本格的なゴルフ事業への参入を加速させます。今後、リゾート事業の展開を九州エリアから全国へ広げることで、利用者により充実した余暇と豊かな暮らしを提供していくことを目指しています。
稲垣商店による神鋼商事への株式譲渡
2023年7月31日、神鋼商事は、非鉄金属・鉄鋼材料の卸売や加工を行う稲垣商店(大阪市)の新会社「新・稲垣商店」の事業を譲り受けることになりました。
神鋼商事は、溶接機や非鉄金属、鉄鋼製品などの卸売を主な事業としていますが、さらなる販売拡大に向けて課題がありました。稲垣商店は、多品種の金属材料を少量ずつ調達・加工して販売する独自の卸売モデルを持っています。
神鋼商事は、この稲垣商店の強みを取り込むことで、市場のニーズを的確につかみ、これまで以上に幅広い業界や地域への販路拡大を目指します。
事業譲渡によるM&Aの事例3選
続いて、事業譲渡によるM&Aの事例を3件紹介します。
AND medical groupによる水生会への事業譲渡
2024年12月3日、一般社団法人AND medical group(東京都港区)は、運営している男性向けの泌尿器科部門を医療法人社団水生会に譲渡する契約を結びました。譲渡は2025年1月末までに完了する予定です。
AND medical groupは美容外科や皮膚科クリニックの運営を行っており、今回の事業譲渡により、自社の経営資源を得意分野へ集中させる方針です。
同グループは、患者に対して質が高く専門的な医療を提供することを重要な使命としており、この方針に基づいて今回の決定を下しました。
フェローズジャパンによるコクヨへの事業譲渡
2023年12月12日、コクヨはフェローズジャパン(東京都品川区)との間で事業譲渡に関する契約を締結しました。
コクヨは文房具やオフィス家具の製造・販売に加え、空間デザインやオフィス環境のコンサルティング事業を展開しています。
一方、Fellowes Inc. は1917年に米国イリノイ州シカゴで創業され、現在ではオフィス向け機器や収納用品(バンカーズボックス)、家具、空気清浄機など、幅広い製品を世界100カ国以上で販売しているグローバル企業です。
今回の事業譲渡により、コクヨはフェローズジャパンが保有する一部資産を取得し、同社が築き上げてきた顧客との取引関係を引き継ぎます。また、2024年1月9日(火)から、日本国内でFellowesブランドの195品目の製品を独占的に販売することになりました。
fjコンサルティングによるGRCSへの事業譲渡
2023年9月14日、GRCSは、fjコンサルティング(東京都千代田区)から、事業を譲り受ける契約を結びました。
今回GRCSが譲り受けるのは、クレジットカード業界の国際的なセキュリティ基準「PCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)」に関するコンサルティングと教育研修のサービスです。
GRCSは企業向けにガバナンス、リスク管理、コンプライアンスおよびセキュリティ対策のソリューションを提供しています。一方、fjコンサルティングはキャッシュレス決済関連のセキュリティコンサルティングを専門としており、両社は2019年からパートナーシップを結んでいました。
今回の事業譲渡により、GRCSはfjコンサルティングが有するPCI DSS分野の専門スタッフを迎えることになります。そのため、PCI DSSへの準拠から運用・審査、さらに企業のコンプライアンスやセキュリティ強化まで一貫したサービスの提供が可能になります。
株式譲渡と事業譲渡の違いまとめ
株式譲渡と事業譲渡は、それぞれに特徴やメリット・デメリットがあり、使い分けが重要になります。
株式譲渡は会社の経営権をまるごと引き継ぐ方法で、シンプルに株式の売買のみで行えます。一方の事業譲渡では、引き継ぐ資産や負債を一つずつ選ぶことができるため、不要な債務を避けられる反面、個別の手続きに手間がかかります。
どちらを選ぶか判断するときは、「譲渡の範囲」「税金負担」「従業員の移籍同意の必要性」「簿外債務を引き継ぐリスク」という4つのポイントを特に意識すると良いでしょう。
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法務デューデリジェンス(法務DD)とは?目的から手続きの流れまで徹底解説!
M&Aは事業継続やシェア拡大の目的達成のために行われ、その取引を成功させるためにも法務デューデリジェンスは欠かすことができません。そこで本記事では法務デューデリジェンス(法務DD)を詳し...
トップ面談とは?M&Aにおける役割や進め方・成功のためのポイントも解説!
トップ面談は、M&Aの条件交渉を始める前に行われる重要なプロセスです。当記事では、M&Aにおける役割や基本的な進め方を確認しながらトップ面談の具体的な内容と知識を解説します。トッ...
ディスクロージャーとは?M&Aにおける意味やメリット・デメリットまで解説!
ディスクロージャーは、自社イメージの向上や株価の上昇を実現する目的として実施されることが多いです。 本記事では、そんなディスクロージャーの意味や種類、メリットとデメリット、実施のタイミングなど...
連結会計とは?連結財務諸表の作成方法から修正・おすすめ管理システムまで紹介!
対象の財務諸表を連結修正を行って正しい金額(連結会計)に再計算をする必要があります。ここでは、そもそも連結会計とはどういうものなのか、連結決算には絶対必要な連結財務諸表の作成方法から連結修正の方...
【2025年最新】webメディア売却の事例25選!動向や相場も解説
webメディアの売却・買収は、売買専門サイトの増加などの背景もあり年々活発化してきています。本記事では、webメディア売却の最新事例を25選紹介するとともに、売却・買収動向やメリット・デメリット...
株式会社日本M&Aセンターにて製造業を中心に、建設業・サービス業・情報通信業・運輸業・不動産業・卸売業等で20件以上のM&Aを成約に導く。M&A総合研究所では、アドバイザーを統括。ディールマネージャーとして全案件に携わる。