M&Aとは?手法ごとの特徴、目的・メリット、手続きの方法・流れも解説【図解】
2022年6月14日更新会社・事業を売る
事業譲渡・売却の手続き・流れは?全体のスケジュール・期間、注意点、法務の届出を解説!
事業譲渡・売却によるM&Aを成功させるためには、手続きの内容を把握する必要があります。合わせて、注意点も知っておかなければなりません。本記事では、事業譲渡・売却を実施する際のスケジュールや手続き方法、注意点などを解説します。
目次
事業譲渡・売却とは

M&Aにはさまざまなスキーム(手法)があり、その1つに事業譲渡が挙げられます。上図は事業譲渡のイメージ図で、譲渡側の会社における事業を譲受側の会社に売却する手法です。事業譲渡で売却する事業の範囲は、一部の事業における場合もあれば全部の場合もあります。
全ての事業を売却しても、譲渡側の会社組織はそのまま残るため、経営者は変わらず会社も存続するのが事業譲渡の大きな特徴です。また、事業譲渡の際は、事業のみが売却されるのではなく、関連する資産・権利義務なども協議のうえ選別されて譲渡されます。
事業の運営には人材が欠かせないため、譲渡側企業において該当事業に従事する従業員は、事業譲渡に伴って譲受側企業に移籍を要請されるのが一般的です。
事業譲渡の意義
譲渡側・譲受側いずれも「売りたい・買いたい事業および資産などを選別できる手法」である点が、事業譲渡における最大の意義です。最終的な合意内容に至るまでに両者の協議・交渉は欠かせないものの、事業譲渡は売買対象内容を自由に選択できるスキームになります。
事業譲渡と合併の違い
ここからは、M&Aにおける他のスキームと事業譲渡との違いを簡潔に掲示します。まずは、合併との違いです。合併には吸収合併と新設分割がありますが、ここでは吸収合併と事業譲渡を比較します。
吸収合併とは、譲渡側企業が丸ごと譲受側企業に吸収・統合されるM&Aスキームです。吸収合併と事業譲渡の違いは、以下になります。
- 吸収合併では譲渡側企業は統合され消滅するが、事業譲渡では経営者も代わらずそのまま存続する
- 吸収合併の譲渡側は法人に限定されるが、事業譲渡では個人事業主でも譲渡実施可能
- 吸収合併では譲渡側企業の権利義務を包括的に承継するが、事業譲渡では選別して契約したものだけを引継ぐ
- 吸収合併では競業避止義務はないが、事業譲渡では20年間、譲渡事業と同一の事業を譲受企業と同一・隣接地域で行えない
- 吸収合併では譲渡側従業員の労働契約をそのまま引継ぐが、事業譲渡では譲受側企業に移籍するかどうかは従業員ごとに個別合意を得なければならない
事業譲渡と株式譲渡の違い
次に、株式譲渡と事業譲渡の違いを紹介します。株式譲渡とは、譲渡側企業の株式を譲受側に売却するM&Aスキームです。株式は会社の経営権に直結します。中小企業の株式譲渡では全株式を売却することがほとんどです。「株式譲渡=会社売却」と捉えられています。
株式譲渡と事業譲渡の違いは、以下のとおりです。
- 株式譲渡では譲渡側企業の経営者が買収側企業に交代するが、事業譲渡では経営者は代わらない
- 株式譲渡は会社を丸ごと引継ぐ包括承継だが、事業譲渡は引継ぐ(売買する)ものは選別される
- 株式譲渡は株式売買のみでシンプルな取引・手続きだが、事業譲渡は譲渡対象それぞれに個別手続きが必要
- 株式譲渡では譲渡側企業の持つ許認可もそのまま引継げるが、事業譲渡では買収側が新たに許認可を取得する必要がある
事業譲渡と会社分割の違い
続いて、事業譲渡と会社分割の違いを掲示します。会社分割とは、譲渡対象事業および資産、権利義務や人材・組織をまとめて切り出し(=分割)、それを買収側が吸収する手法です。形式としては、事業譲渡と類似していますが、会社分割と事業譲渡には以下の違いがあります。
- 会社分割は事業・資産・権利義務・人材・組織を買収側が包括承継し、事業譲渡では個別に引継ぐため再契約や個別で同意を得る必要がある
- 会社分割の包括承継では買収側は債務も含めて引継ぐが、事業譲渡では選別できるため不要な債務などを引継がずにすむ
- 会社分割は包括承継であるため消費税の課税対象とならないが、事業譲渡では譲渡内容によっては消費税の課税対象となる
事業売却の目的
ここでは、事業売却の目的を見ていきましょう。
経営の効率化を実現
事業売却を行う際、経営の効率化を目的とするケースが少なくありません。複数の事業を持つ会社は、「選択と集中」を迫られることがあります。主力事業に絞って会社を成長させるためです。会社の財務状況が悪化したケースでも、赤字事業を売却して経営を効率化させることがあります。
事業再生
事業再生も、事業譲渡の目的です。事業再生とは、業績不振・債務超過などの事業を立て直すことをさします。会社に後継者がいない、会社が赤字である、というケースでは、顧客・取引先への影響力が大きい事業を他社に売却して事業・従業員を守るのです。
自社の力では存続できないので、資金力がある他の会社へ売却して事業を存続させます。
事業売却の手法
事業売却の手法には、「事業譲渡」と「株式譲渡」があります。各手法を見ていきましょう。
事業譲渡
事業そのものを売却する方法が、事業譲渡です。事業売却といえば事業譲渡をさすケースが多く、事業の所有者が変わる手続きなので、売却してからも会社自体は存続します。全事業の契約・権利を買収側が引継ぐので、手続きは複雑です。譲渡対価は現金で、会社が対価を受け取ります。
したがって、経営者が資金を得るためには、社内で仕組みを作らなければなりません。
株式譲渡
中小企業などで経営者が所有する自社の株式を譲渡して会社の経営権を譲渡する手法が、株式譲渡です。株主が変わり経営権を移すことで事業を売却します。売却側の資産・負債を、買収側は全て引き継ぐのです。株式譲渡では一部の事業を売却できず、会社社自体を譲ります。
株式譲渡の対価は現金で、受け取るのは売却当事者である経営者(株主)です。
事業譲渡・売却のメリット・デメリット
M&Aを検討・実施する際は、各スキームのメリット・デメリットを把握することが肝要です。ここでは、事業譲渡のメリット・デメリットを解説します。
売り手側のメリット
事業譲渡の売り手側と買い手側では立場が異なるため、そのメリット・デメリットも異なります。ここでは、売り手側・買い手側に分けて、それぞれのメリット・デメリットを見ていきましょう。まずは、売り手側のメリットです。
- 譲渡資産を選べる
- 現金を入手できる
譲渡資産を選べる
「譲渡する事業や資産などを選べる」ことが、事業譲渡における売り手のメリットです。事業譲渡を行うと、事業のスリム化・効率化が図れ、これを目的に事業譲渡する企業も少なくありません。経営に負担がかかる事業を売却することで、財務に余裕を持たせることが可能です。
現金を入手できる
事業譲渡を行った際の対価は、現金で支払われます。これも事業譲渡における売り手側のメリットで、入手した現金で債務を返済したり、事業資金に用いたりできるのです。
売り手側のデメリット
事業譲渡の売り手側の主なデメリットとしては、以下の2点があります。
- 譲渡益に税金が発生する
- 債務が残る
譲渡益に税金が発生する
事業譲渡における売り手の主なデメリットは、譲渡益に対して法人税が発生する点です。法人税は実効税率約31%(2022年6月現在)で、税額が非常に高額になります。ただし、法人税は決算時に他の損益を通算した利益分に課税されるもので、事業譲渡益に単独で課されるものではありません。
債務が残る
事業譲渡で買い手側が債務を引継がない場合、売り手側に債務が残ります。事業譲渡で承継(売買)できる対象は、あくまでも買い手側との交渉によって決まるため、必ずしも債務を承継してもらえるわけではありません。
買い手側が債務を引継ぐ場合でも、債権者に通知し説明を行う義務があり、その分、手続きが煩雑になるため、いずれにしてもデメリットです。
買い手側のメリット
ここからは、事業譲渡における買い手側のメリット・デメリットを紹介します。買い手側の主なメリットは、以下のとおりです。
- 簿外債務リスクを回避できる
- 節税できる
簿外債務リスクを回避できる
事業譲渡では、買い手側も譲受する資産・権利義務を選べます。株式譲渡では会社全体を包括承継するため、偶発債務などの簿外債務も引継いでしまうかもしれないのです。簿外債務は、経営に大きなダメージを与える可能性があり、事業譲渡であれば、その承継リスクを回避できます。
節税できる
売り手側の資産を買取る場合、現在の事業価値に加えて3~5年分の将来価値を買取額に上乗せすることで、簿価と差額が発生します。この差額を「のれん」と呼び、損金算入が可能です。のれんは5年かけて償却し、その間、節税効果が期待できます。
買い手側のデメリット
事業譲渡における買い手側のデメリットは、主に以下の2つです。
- 手続きが煩雑である
- 消費税がかかる
手続きが煩雑である
事業譲渡では、売り手側が持つ事業の許認可・従業員の雇用契約・取引先との契約は引継げません。
したがって、買い手側では、売り手との事業譲渡契約以外に、事業に必要な許認可の新たな取得手続きや、移籍してくる売り手側従業員それぞれと個別に雇用契約を結び、取引先とも契約を締結し直す必要があります。包括承継を行える株式譲渡などと比べると、手続きの煩雑さはデメリットです。
消費税がかかる
事業譲渡は売買取引です。そのため、買い手側が譲受する財産の中に消費税の課税対象資産が含まれていれば、消費税が課されます。つまり、買い手側は、事業譲渡そのものに要する資金のほかに、消費税分の資金も必要です。
引継ぐ事業財産が多いほど消費税額は高騰し、多額の資金が必要となるため、この点はデメリットといえます。
事業譲渡・売却の実施が適しているケース
ここでは、M&Aを実施する場合に事業譲渡・売却を用いた方がよいであろうケースの考え方について、株式譲渡、会社分割と対比させながら紹介します。
目的・特徴で比べる
M&Aで一般的に考えられる目的別に適性を示すと下表のとおりです。
目的 | 事業譲渡 | 株式譲渡 | 会社分割 |
---|---|---|---|
経営資源の集中 | 〇 | 〇 | |
組織再編 | 〇 | 〇 | |
経営再建 | 〇 | 〇 | 〇 |
事業承継 | 〇 | 〇 | 〇 |
事業規模拡大 | 〇 | 〇※ | 〇 |
新規事業の獲得 | 〇 | 〇 | 〇 |
経営権の獲得 | 〇 | ||
人材・技術の取得 | 〇 | 〇 | 〇 |
協力関係強化 | 〇 |
また、各M&Aスキームの端的な特徴は以下のようになります。
- 事業譲渡:譲渡事業や資産を選別できる
- 株式譲渡:売り手は買い手の子会社になる(買い手が企業の場合。買い手が個人の場合は株主が代わる)
- 会社分割:事業は包括承継される(選別できない)
表における目的への適性と、各M&Aスキームの特徴を合わせて考えることで、自社が実施すべきM&Aスキームがどれであるか結論付けできるでしょう。
メリット・デメリットで比べる
メリット・デメリットという観点で、採用するM&Aスキームを決めるのも1つの方法です。事業譲渡・売却、株式譲渡、会社分割の主要なメリット・デメリットを一覧表にまとめました。
M&Aスキーム | メリット | デメリット |
---|---|---|
事業譲渡 | 譲渡対象を選別可能 簿外債務の承継を回避可能(買い手) 会社組織はそのまま残る(売り手) |
手続きが煩雑 許認可を承継できない(買い手) 消費税が発生(買い手) |
株式譲渡 | 手続きが簡易的 会社の独立性は保たれる 事業活動に影響が出ない |
株式が分散している場合、買い集めに労力 簿外債務リスク(買い手) シナジー効果を発揮しづらい(買い手) |
会社分割 | 対価に株式を用いられる(現金不要) 事業譲渡よりも手続きが簡易的 シナジー効果を得やすい |
株主構成が変わる(買い手) 簿外債務リスク(買い手) PMIに労力(買い手)※ |
各M&Aスキームのメリット・デメリットをよく吟味することで、採用すべきスキームが明確になるでしょう。端的な選び方を示すなら、売り手か会社を手元に残すことを望み、買い手が簿外債務リスクを敬遠したいケースは、事業譲渡・売却が適しているということになります。
事業譲渡・売却の手続き・流れ
事業譲渡・売却の手続きは、以下の流れで進みます。
- 取引候補企業の選定
- 秘密保持契約
- トップ面談
- 意向表明書・基本合意書
- デューデリジェンス
- 最終条件交渉
- 取締役会の決議
- 事業譲渡契約書
- 法務に関する届出
- 株主に対する通知・公告
- 株主総会の特別決議
- 反対株主の買取請求
- 財産などの名義変更手続き・許認可手続き
- クロージング
①取引候補企業の選定
事業譲渡を実施する際、サポート業務をM&A仲介会社に依頼したものとして説明を進めます。まず、「取引の候補企業選定プロセスは、譲渡側と買収側とで内容が異なる」ことを知っておきましょう。
譲渡側が最初に行うのは、具体的な企業名がわからない状態で会社概要を記したノンネームシートの作成です。M&A仲介会社は、このノンネームシートを開示し、買収先候補が現れるのを待ちます。
買収側が行うのは、M&A仲介会社をとおして得た複数のノンネームシートから、条件の合致する譲渡側の選別です。両者それぞれの検討を経て絞り込まれた候補の中から取引先候補が定まると、次のプロセスへ移行します。
②秘密保持契約
相互に事業譲渡取引の候補が定まると、具体的な交渉に入るために秘密保持契約を締結します。秘密保持契約抜きでは企業の重要な情報を開示できないうえ、事業譲渡を実施しようとする事実も当面、秘密にする必要があるためです。
③トップ面談
秘密保持契約の締結後、事業譲渡の交渉過程で実施されるのがトップ面談です。譲渡側・買収側の経営トップが直接会って話をします。
企業の経営には、経営者の理念・人生観が色濃く反映されるので、トップ面談では、こうした部分を相互に確認し、事業譲渡取引を行える相手かどうかの見極めを行うのです。トップ面談で意気投合して即座に取引がまとまった事例もあり、重要なプロセスといえます。
④意向表明書・基本合意書
意向表明書は、買収側が事業譲渡に応じる意思があることを正式に文書で申し入れる書類です。ただし、このプロセスは必須ではなく、省かれるケースも多く、買収側の誠意を示す行動といえます。
トップ面談や意向表明などの交渉を経て、大筋で事業譲渡の実施に合意が形成される段階になれば、基本合意書の締結です。ここまでの交渉で合意できた事業譲渡条件の内容を確認する重要なプロセスになります。
ただし、基本合意書は、現時点での合意内容確認書という位置付けです。基本合意書に法的拘束力はなく、事業譲渡が成約したわけではありません。実際に、基本合意書は締結したものの、後のプロセスで破談になった例もあります。
⑤デューデリジェンス
デューデリジェンスとは、買収側が実施する譲渡側企業の精密監査です。士業などの専門家が起用され、さまざまな観点から、譲渡側企業の調査を行います。最終的な条件内容や事業譲渡契約締結に直結するため、譲渡側は建設的な対応が必須です。
デューデリジェンスの内容は、下記に示したように多岐にわたりますが、全ての調査が行われるわけではありません。当該企業や事業内容に応じたデューデリジェンスが行われますが、ほとんどのケースで実施されるのは財務・法務・会計デューデリジェンスなどです。
- 財務デューデリジェンス
- 法務デューデリジェンス
- 税務デューデリジェンス
- 労務(人事)デューデリジェンス
- ビジネス(事業)デューデリジェンス
- ITデューデリジェンス
- 環境デューデリジェンス
- 知的財産デューデリジェンス
- 顧客デューデリジェンス
- 不動産デューデリジェンス
- 技術デューデリジェンス
⑥最終条件交渉
デューデリジェンス終了後、明らかになった譲渡側企業の実態や将来性なども加味したうえで、最終的な条件交渉が行われます。簿外債務や訴訟リスクなど何らかの問題点が発見されると、条件は基本合意時よりも下がる可能性が高いです。
最悪のケースでは、問題点を看過できないとして破談になるケースもあります。一方、デューデリジェンスで譲渡側企業の技術力・ノウハウ・有効な知的財産の存在などが確認されれば、条件が引き上げられる可能性も高まるでしょう。
⑦取締役会の決議
取締役会が設置されている企業の場合は、取締役会での決議を行ったうえで事業譲渡を行う必要があります。取締役会では、「交渉期間はどれくらいか」、「どの事業を買収・売却するのか」など事業譲渡に関する基本的なことを決めるのです。
取締役会の決議後、トップ面談・基本合意書締結・デューデリジェンスなどの手続きを経て、最終的な事業譲渡契約の締結に至ります。
⑧事業譲渡契約書
⑥の最終条件交渉後、事業譲渡の内容に合意したら、事業譲渡契約を締結します。ただし、この契約を行っても即座に効力は発生せず、後述する手続きを行った後、実際に契約の効力が生じるのです。
⑨法務に関する届出
事業譲渡契約の締結後、当該企業の状況により、各種届出を提出しなければなりません。ここでは、公正取引委員会への届出と臨時報告書の提出を説明します。
公正取引委員会への届出
買収側が、グループ会社も含めた国内売上高の合計が200億円超の場合、以下のいずれかに当てはまると公正取引委員会への届出手続きが必要です。
- 国内売上高が30億円を超える会社における事業の全部を買収する場合
- 譲渡企業における事業の重要部分を買収する場合で、かつその事業における国内売上高が30億円を超える場合
- 譲渡企業における固定資産の全部または重要部分を買収する場合で、かつその固定資産による国内売上高が30億円を超える場合
ただし、譲渡側と買収側が同一企業グループに属する場合は、公正取引委員会への届出は不要です。また、届出が受理されてから30日が経過するまでは、原則として事業譲渡は行えません。ただし、公正取引委員会が認めた場合には、期間の短縮が可能です。
臨時報告書の提出
有価証券報告書の提出義務がある企業の場合、以下のいずれかに当てはまる場合は、臨時報告書を内閣総理大臣に提出する義務が生じます。
- 事業譲渡によって、買収側が純資産額30%以上増加する見込みか、譲渡側が純資産額30%以上減少する見込みの場合
- 事業譲渡によって、買収側の売上高が前年比で10%以上増加する見込みか、譲渡側の売上高が前年比で10%以上減少する見込みの場合
⑩株主に対する通知・公告
事業譲渡を行う場合、契約の効力が発生する20日前までに株主に対して通告する手続きを行わなければなりません。ただし、後述する株主総会の決議によって事業譲渡に関して承認された場合は、株主に通知しなくても公告の手続きをすればよいと決められています。
これは、事業譲渡に反対する株主に対して、株式買取請求の機会を与えることを目的として通知するためです。
⑪株主総会の特別決議
事業譲渡を行う際は、基本的に株主総会での特別決議を経なければなりません。しかし、一定のケースでは、この特別決議を省略できます。
一般的な事業譲渡
以下のケースでは、株主総会における特別決議の手続きが必要です。
- 譲渡側:事業の全部または重要な一部を譲渡する場合
- 買収側:事業の全部を買収する場合
買収側は事業における全部譲渡のときのみ特別決議を行う必要があり、それ以外の事業譲渡では特別決議の必要がありません。一方、譲渡側は、全部譲渡だけでなく重要事業の一部譲渡を行う場合も特別決議が必要です。
したがって、譲渡側は、経営再建などの理由で赤字事業を譲渡する場合、特別決議を行う必要はありません。
特殊なケース(簡易事業譲渡、略式事業譲渡)
以下のケースは特殊な事業譲渡として、株主総会の特別決議を省略できます。
- 簡易事業譲渡:買収側が対価として支払う財産や、譲渡側が譲渡する資産の帳簿価額が、各会社の純資産額を超えない場合
- 略式事業譲渡:買収側が譲渡側の議決権90%以上を保有している特別支配会社である場合
⑫反対株主の買取請求
事業譲渡に反対する株主から株式の買取請求があった場合、企業側は事業譲渡の効力発生日から60日以内に支払いの手続きを行わなければなりません。事業譲渡では、株主の説得も非常に重要です。したがって、できる限り株主から買取請求されないよう、慎重に進めることが肝要になります。
⑬財産などの名義変更手続き・許認可手続き
事業譲渡実施に伴って必要となる手続きには、財産などの名義変更と事業の許認可取得などが該当します。
財産などの名義変更手続き
事業譲渡を行う場合は、資産をそれぞれ個別に譲渡する形式を取ります。したがって、移転した資産のうち預金や土地など譲渡側の名前で登録しているものは、それぞれ買収側の名義で再度登録・登記する手続きが必要です。
買収側は、手続き分のコスト・時間がかかることを念頭にスケジューリングしましょう。また、商号を続用する場合は、会社法の規定に関して注意し対応を取らなければなりません。
会社法第22条により、買収側が譲渡側の商号を引き続き使用する場合、買収側には譲受側の事業で生じた債務を弁済する義務が生じます。ただし、事業譲渡後すぐに、買収側が譲渡側の債務を弁済する責任を負わない旨を登記するか、通知する手続きを行った場合には義務が生じません。
許認可の取得
買収側が有料職業紹介事業、ガス・電気事業、各種建設業など、監督官庁や自治体の許認可が必要となる事業を譲受した場合、その許認可を所持していなければ事業譲渡後に許認可を取得する必要があります。
許認可は各企業が対象事業を行うことについて許可が与えられているため、事業譲渡によって事業運営当事者が変わった場合、新たに取得する必要が生じるのです。許認可がなければ当該事業を行えないため、これもスケジューリングに加える必要があります。
⑭クロージング
事業譲渡などM&Aのクロージングとは、最終契約書締結後、当事者双方がその内容に記載された手続き・実務を行うことです。具体的には、資産の移転・対価の支払いなどが該当します。このクロージングをもって、事業譲渡は完了です。
事業譲渡・売却の手続き・流れの全体スケジュール・期間
この章では、事業譲渡・売却における手続き・流れの全体スケジュール・期間を見ていきましょう。
手続き完了まで3カ月~6カ月はかかる
事業譲渡には多くの手続きが必要となるため、全ての手続きが完了するまでには短くても3カ月~6カ月かかるのが一般的です。場合によっては、10カ月~1年以上の長丁場になることもあります。
会社の状況によっては、可能な限り早く事業譲渡を実施したいケースもあるでしょう。その場合、できるだけ早い段階から専門家にサポートを依頼し、アドバイスを受けながら進めるのが得策です。下表に、事業譲渡における効力発生日までのスケジュールと期間の一例をまとめました。
譲渡側 | 譲受側 | |
1月 | ・M&A仲介会社と契約 ・譲渡資産の精査、スケジューリング |
- |
2月 | ・相手側企業とのマッチング・交渉 | ・M&A仲介会社への相談 ・相手側企業との交渉 |
3月 | ・基本合意書の確認 ・基本合意書の締結 ・社員・取引先への説明 など |
・基本合意書の確認 ・基本合意書の締結 ・デューデリジェンス(買収監査) |
4月 | ・事業譲渡契約書の内容検討 ・事業譲渡契約書の締結 ・株主への通知・公告 |
・事業譲渡契約書の内容検討 ・事業譲渡契約書の締結 ・許認可の取得準備など ・株主への通知・公告 |
5月 | ・株主総会の開催 ・引渡の準備 ・譲渡資産の引渡 |
・株主総会の開催 ・譲渡対価の決済 |
事業譲渡では条件交渉と契約が重要
事業譲渡で重要なのは、条件交渉です。譲渡される資産の内容は、全て両者の交渉によって決まります。このプロセスでは、譲渡する資産の選別や従業員処遇の決定など、契約上の重要な事柄が協議されるのです。
事業譲渡の手続きにおけるスケジュールの例外について
全ての事業譲渡が、上述したスケジュールで行われるわけではありません。事業譲渡の手続きは、事業が小規模であれば略式となり、株主総会承認の手続きが必要とされないケースもあります。
たとえば、買い手側が売り手側の株式を90%所有している場合、株主総会の手続きが不要です。また、譲渡内容が売り手の全事業でなく、譲渡する資産が総資産の20%以下における場合も株主総会は省略できます。
譲渡会社の手続き
事業譲渡は事業を譲渡する取引契約であるため、譲渡会社では事業を全て売却しても法人格が残ります。したがって、事業譲渡後もそのまま会社は継続されますが、譲渡会社が持つ債務の取り扱いによって、対応手続きが異なる点に注意しましょう。
債務を承継するかで対応も変わる
事業譲渡の際に債務の免責的譲渡を行っていれば、譲受会社が債務を背負います。その場合、譲渡会社は債権者保護手続きを行う必要性が出てくるなど、一部の手続きが変わるのです。なお、免責的譲渡が行われない場合は、債権者保護手続きが発生せず、譲渡会社がそのまま債務を背負い続けます。
譲受会社の手続き
譲渡会社にとって煩雑な手続きの代表格は、事業の許認可、および移籍する譲渡側における従業員との個別労働契約締結です。事業の許認可は、該当事業を行う会社が管轄省庁から取得する必要があります。したがって、譲受側が必要な許認可を持たなければ、新たに取得しなければなりません。
従業員に関しては、個別に譲渡会社を退職し譲受会社に入社という扱いになるため、1人ひとりと労働契約を締結する必要があります。
初期段階ではマッチングが重要
事業譲渡の初期段階では、譲渡会社と条件がいかにマッチしているかも重要なポイントです。リスクのある譲渡会社では、手続き全体に影響するおそれがあります。より条件の合う譲渡会社を見つけるためにも、M&A仲介会社など専門家に依頼し幅広い選択肢から譲渡会社を探す方法が効率的です。
事業譲渡・売却を高値で成功させるポイント
この章では、事業譲渡・売却を高値で成功させるポイントについて見ていきましょう。
利益が生まれている
事業譲渡の売却額では、事業の利益が出ているかどうかが最も重要といえます。過去3〜5年の利益を見て事業の将来性を判断され、単に売上を見るのではなく利益が注目されます。そのため、売上を伸ばし経費を削減することが大切です。今後5年間の事業計画を示すと、将来性もアピールできます。
他社にはない強み・魅力がある
他社にはない独自の強み・魅力があれば、売却価額を引き上げられるでしょう。独自の技術力や特許、優秀な営業マンや固定客、販売ネットワークなどが事業の強みになります。買収側が、お金を払ってでも手に入れたいと思う強みを探すには、自社分析を行うことが欠かせません。
法務・財務状況が健全である
法務・財務状況が健全であれば、事業譲渡の売却額が高まります。デューデリジェンスでリスクが見えると、買収側からの提示額は下がるので、訴訟問題、簿外債務、会計処理・確定申告の不正、従業員・取引先との不適切な契約などのリスクを排除し、健全な経営状況をキープしましょう。
事業譲渡・売却の手続きに関する注意点
事業譲渡・売却における手続きの際は、以下の5点に注意しましょう。
- 従業員の流出
- 競業避止義務
- 守秘義務
- 株主による承認
- 事業譲渡契約書は専門家にチェックしてもらう
①従業員の流出
事業譲渡では、該当事業を担当する従業員が一度、譲渡側企業を退職します。そして、買収側企業が再度、従業員と雇用契約を交わす流れです。したがって、従業員が流出しやすい状況が生まれます。
事業譲渡に不満を持つ従業員がいたり、雇用契約に納得できない従業員がいたりすれば、買収側と雇用契約を結ばず他社に入社してしまう危険性があるのです。
そうなれば事業の価値が低下したり、重要な機密情報が漏えいしたりするなど、さまざまなトラブルが発生する可能性があります。事業譲渡を行う際は、従業員の流出が起こらないよう、細心の注意を払う必要があるのです。
②競業避止義務
競争避止義務(会社法第21条)とは、事業を譲渡した企業が、その後「20年間に渡り買収企業と同一区市町村および隣接区市町村で譲渡事業と同一の事業を行ってはいけない」規定をさします。これは、譲渡側が再び同じ事業を行った場合、買収側の優位性が失われるためです。
ただし、事業譲渡契約時に当事者間で競争避止義務を負わないと定めた場合は、義務を排除できます。同様に、事業譲渡契約時に競業避止義務の特約を定めた場合は、その義務を最大30年まで延ばすことも可能です。
③守秘義務
経営者の立場であれば守秘義務を心得ていますが、従業員は、その重大性について認識が甘い可能性があります。仮に自社が秘密を漏らしてしまった場合、損害賠償などが請求され、甚大なダメージがおよぶおそれがあるのです。
秘密保持契約締結以降は、その内容が社内で順守されるよう情報管理を徹底しなければなりません。
④株主による承認
事業譲渡の手法によって、株主による承認が要ります。会社の経営は代表取締役・取締役が行いますが、会社を所有するのは株主なので、会社に重要な事業の売却を行うときは、株主の承認が要るのです。多数の株主から同意を得るには、事業譲渡の説明を行う必要があります。
⑤事業譲渡契約書は専門家にチェックしてもらう
事業譲渡契約締結時には、当事者のどちらかが契約書を作成します。その際は、コストを最小限に抑えるためインターネット上にあるひな形などを使用せず、専門家に作成を依頼しましょう。
専門家に依頼すれば、無料のひな形にありがちな抜けや漏れによるトラブル発生のおそれがありません。事業譲渡契約書は非常に重要な契約書なので、費用を惜しむのは避けるべきです。専門家とは、弁護士またはM&A仲介会社をさします。
事業譲渡・売却の手続きで課される税金
この章では、事業譲渡・売却で課される税金と、参考までに株式譲渡の税金についても掲示します。
事業譲渡で課される税金
事業譲渡で対価を受け取るのは会社です。譲渡側は、譲渡益が法人税(法人税・法人住民税・法人事業税・地方法人税)の対象になります。2022(令和4)年6月現在の法人税の実効税率は、約31%です。ただし、当該年度の会社の全損益と通算された利益額への課税となります。
また、譲渡対象に消費税課税資産が含まれていれば、買収側は消費税を負担しなければなりません。
株式譲渡で課される税金
株式譲渡では、株主が法人か個人かによって税金が異なります。法人では譲渡益に対し法人税が課され、個人では譲渡所得(譲渡した利益分)に対し分離課税として課されるのが譲渡所得税です。
個人の譲渡所得税率の内訳は、所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%の合計20.315%ですが、復興特別所得税は2037(令和19)年までの時限税となります。
事業譲渡・売却の手続きで必要な会計処理
この章では、事業譲渡・売却で必要な会計処理について見ていきましょう。
売却側の会計処理
譲渡側の会計処理では、事業譲渡の後に、事業譲渡で発生した損益を仕訳処理します。譲渡資産の帳簿価格が1,000万円、譲渡負債の帳簿価格が600万円、付随費用が50万円、譲渡価格が1,500万円の例を見ていきましょう。
借方
- 譲渡負債600万円
- 付随費用50万円
- 現預金1,500万円
- 譲渡資産1,000万円
- 現預金500万円
- 移転損益1,100万円
譲渡益や譲渡損は、移転損益の科目で処理を行います。譲渡資産名には詳細な科目名を入れるので、専門家と会計処理を進めましょう。
買収側の会計処理
買収側は、買収した事業におけるブランド力・ノウハウ・従業員の能力などの価値をさすのれんの計上がポイントです。買収事業の純資産と、取得金額の差額を計算に組み入れます。譲受資産時価が700万円、譲受負債の時価が300万円、取得原価が1,500万円の例を見ていきましょう。
借方
- 譲受資産700万円
- のれん1,100万円
- 譲受負債300万円
- 現預金1,500万円
のれんは、20年以内で均等償却し、売却後も毎年処理することに注意してください。
事業譲渡・売却の手続きをスムーズに進めるための相談先
事業譲渡は、手続きが煩雑でスケジュールが長期に渡ります。事業や資産などを選別する際に、交渉が進みにくくなる場面も少なくありません。交渉を円滑かつ有利に進めるには、法務や税務などの専門的な知識やM&Aの経験を持つ専門家の存在は不可欠です。
全国の中小企業のM&Aに数多く携わるM&A総合研究所では、M&Aの専門的な知識や経験が豊富なM&Aアドバイザーが、相談時からクロージングまで案件をフルサポートいたします。また、通常は10カ月~1年以上かかるとされるM&Aを、最短3カ月でスピード成約する機動力も強みです。
料金体系は、成約するまで完全無料の「完全成功報酬制」です(※譲渡企業様のみ。譲受企業様は中間金がかかります)。随時、無料相談をお受けしておりますので、事業譲渡・売却などのM&Aをご検討の際には、どうぞお気軽にお問い合わせください。
事業譲渡・売却の手続き方法まとめ
事業譲渡には、一部の事業だけを売買でき、買収側が簿外債務や不要な資産を引継ぐリスクがないメリットがあります。一方、事業譲渡は、他のM&Aスキームと比べて手続きが複雑で、取引先や従業員を包括承継できない点などがデメリットです。
このような事業譲渡のメリットとデメリットをよく比較したうえで、実際に事業譲渡を用いるかどうか判断しましょう。自社だけの判断で不安がある場合は、M&Aの検討段階からM&A仲介会社などの専門家に相談し、アドバイスを得ながら進めるのが得策です。
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株式会社日本M&Aセンターにて製造業を中心に、建設業・サービス業・情報通信業・運輸業・不動産業・卸売業等で20件以上のM&Aを成約に導く。M&A総合研究所では、アドバイザーを統括。ディールマネージャーとして全案件に携わる。