2024年11月29日更新会社・事業を売る

M&Aにおける企業価値評価(バリュエーション)とは?手法ごとに算定方法をわかりやすく解説

M&Aの企業価値評価にはさまざまなアプローチ方法があり、その違いを知ることはM&Aを実施するうえで重要です。本記事では、M&Aの企業価値評価の主な種類を比較して違いを明らかにするとともに、各手法の代表的な算定方法の概要を解説します。

目次
  1. M&Aにおける企業価値評価(バリュエーション)とは?
  2. M&Aにおける企業価値評価と上場の関係
  3. M&Aにおける企業価値評価の手法
  4. M&Aの企業価値評価における売り手側の留意点
  5. M&Aの企業価値評価における買い手側の留意点
  6. M&Aにおける企業価値評価の算定方法:コストアプローチ
  7. M&Aにおける企業価値評価の算定方法:マーケットアプローチ
  8. M&Aにおける企業価値評価の算定方法:インカムアプローチ
  9. M&Aにおける企業価値評価のポイント
  10. 企業価値評価(バリュエーション)の相談先の選び方
  11. 企業価値評価(バリュエーション)の相談先の選び方
  12. M&Aにおける企業価値評価のまとめ
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M&Aにおける企業価値評価(バリュエーション)とは?

M&Aの企業価値評価とは、対象企業が定量的にどれくらいの価値(企業価値)があるのかを算定、評価することです。英語訳であるValuationをそのまま用いて、バリュエーションとも呼ばれます。似た言葉として事業価値評価・事業評価がありますが、ほぼ同義です。

こちらは、エンタープライズバリュー(EV)とも呼ばれます。M&Aは端的にいうと企業売買にあたりますが、企業の価額には、相場や平均値のようなものは存在しません。企業の業績、規模、業界動向、競合他社事情など、さまざまな要素がからまりあって案件ごとに価額が決まります。

M&Aの交渉段階において、買い手企業の「可能な限り安く買いたい」ニーズと売り手企業の「可能な限り高く売りたい」ニーズ、双方の相反する主張をぶつけあっているだけでは、交渉価額が正当なものなのか判断できないので、企業価値評価がその判断のベースになるのです。

M&Aの交渉においては、買い手企業が売り手企業の価値を評価するために実施しますが、M&Aによる出口戦略(イグジット戦略)を検討している企業も、自己採点的な意味合いで、自身の企業価値評価を行います。

M&Aの交渉では、相対的に売り手企業が劣勢な立場に立たされることが多いため、交渉に発展する前に企業価値評価などを行い、理論武装をしておくことは有益といえるでしょう。

企業価値評価における価額とは

価格と価額、同義語と思われるかもしれませんが、厳密には以下のような違いがあります。

  • 価格=Price=値段
  • 価額=Value=値打ち

企業価値評価の英語訳がValuationであることからもわかるように、M&Aにおける企業価値評価とは、対象企業の価値=値打ちを評定することです。したがって、企業価値評価で算定された対象企業の金額は、価格とは言わず「価額」が用いられます。

企業価値と株式価値の相違点

企業価値と類似する言葉に株式価値(Equity Value)があります。企業価値と株式価値は同義ではありません。株式価値は、上場企業でたとえると時価総額のことです。つまり、発行済株式数と株価を掛けた金額ということになります。

企業価値は、時価総額を含めた企業全体の価値であり、株式価値との関係性は以下のとおりです。

  • 企業価値-有利子負債=株式価値

企業価値評価が求められる場面

上場企業であれば、株式市場の株価をベースにして簡単に株式価値(時価総額)が算出できます。しかし、非上場企業の場合は、それができません。そこで、上述したようにM&Aの交渉時における基準値として用いるため、企業価値評価が行われます。

非上場企業では、M&Aの場面以外でも、企業価値評価や株式価値評価が必要になることも把握しておきましょう。それは、事業承継時です。親族内承継であれば、後継者(親族)は自社株式を相続するか贈与を受けます。

その際、相続税・贈与税が課されますから、株式価値を算出しなければなりません。社内承継であれば、後継者(従業員・役員)は株式を買取る必要があります。そのためには、自社の株式価値評価や企業価値評価を行って、株式の売却額を決めなければなりません。

このように非上場の中小企業においては、M&A時のみならず事業承継でも企業価値評価が必要になります。

M&Aにおける企業価値評価の重要性

 

非上場企業を買収する際、買い手が企業全体を購入する場合、その企業の株価をどう定めるかが大きな課題となります。この価格は、買い手と売り手の間の交渉で決まります。ただ、ここで問題が出てくることがあります。

売り手としては、当然、できるだけ高く企業を売りたいと考えるもの。なので、自分たちの理想的な価格や、未来の計画に必要な金額を基にして価格を決めようとすることもあります。

しかし、その価格が市場の平均価格や、専門家が算出する「理論的な価格」よりも高すぎると、買い手を見つけるのは難しくなります。したがって、企業の現状や市場の動きをきちんと理解し、適切な価格を設定することが大切です。

上場企業が他の企業を買収する際には、支払う価格の正当性を株主や市場に説明する責任があります。このため、買収対象の企業の「市場価値」と「理論的価値」を正確に理解し、どの程度の買収価格が適切かを慎重に検討することが求められます。

また、企業を全体として買収する場合、その企業の「負債」も買い手が全て引き継ぐことになります。ここでの「負債」には、帳簿上に記載されている買掛金や借入金だけでなく、未計上の引当金や隠れた債務も含まれます。

買収に際しては、対象企業の負債を含む全財務状況を網羅的に把握し、その企業の真の価値を明らかにすることが重要です。これは、企業の経済的実態を正しく理解し、適切な企業価値(株式価値と負債の合計)を算出するためです。

このように、M&Aを進めるにあたり、売り手も買い手も買収対象企業の市場価値と理論的価値を正確に把握することが必要であることを理解いただけるでしょう。

M&Aにおいて企業価値評価を行うタイミング

M&A取引において、企業価値評価は取引価額を決定する際の交渉材料として使われるものです。そのため企業価値評価を行うタイミングは基本的に秘密保持契約締結後~最終交渉の間に行われ大きく3つに分けられます。

基本合意契約の締結前

企業価値評価が行われる一番早いタイミングは、基本合意契約の締結前のタイミングです。秘密保持契約(NDA)が締結され、企業概要書(インフォメーションメモランダム)が売り手企業から買い手企業へ渡されるこのタイミングは、企業概要書を中心とした限られた情報の中で企業評価が行われます。

限られた情報の中での企業評価といっても、お互いの企業の目線感を決めることとなり、その後の契約交渉にまで影響をもたらすことになるため慎重に実施するする必要があります。

また、基本合意書にはその後に実施されるデューデリジェンスで問題点が検出された際には、金額を修正する旨を規定するのが一般的です。

デューデリジェンス実施後の契約交渉前

次に企業価値評価が行われるのは、デューデリジェンスを実施後の契約交渉前のタイミングです。デューデリジェンスを実施した中で検出された問題などを、将来の事業計画に影響を与えるものについては企業価値評価に反映されます。

意思決定の前

意思決定前の段階に関しては、企業価値評価が行われないこともあります。

投資を実行する際には取締役会での決定が必要になります。ここでの説明のために企業価値評価を用いることがあります。

この段階はすでに契約の詳細を詰めているため先述した2つのタイミングよりも簡易に企業評価が実施されます。

M&Aと相続の企業価値の違い

M&Aによる会社売却時の企業価値と相続税の計算における相続税評価額は全く異なります。
相続によって会社の経営者が変わる場合の企業評価額は、相続税の計算のため「財産評価基本通達」という国税庁が使用する評価方式が適用されます。これにより一定の評価額を算出することが可能であり、算定者によって企業の価値が上下する心配もありません。

一方、M&Aで企業買収を行う際の企業売却評価額は、会社が保有する資産に基づいた評価額だけでなく、今後、生み出される収益をのれん(営業権)として加算し、企業価値として評価するのが一般的です。

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M&Aにおける企業価値評価と上場の関係

企業価値評価をするうえで、簡単に時価総額が算出できる上場企業と、それが行えない非上場企業では算定プロセスに違いがあります。それぞれの概要をみていきましょう。

上場企業の企業価値評価

上場企業の企業価値評価を最もシンプルに計算する方法は、前章で紹介した以下の計算式です。

  • 企業価値=株式の時価総額+有利子負債


補足すると、上場企業が売り手の場合のM&A取引において、その取引価額は時価総額よりも大きな金額になります。実際には必ずしも上の計算が行われるわけではなく、時価総額以外の部分について企業価値評価を行い、交渉のうえ金額が上積みされるのが実態です。

M&Aでの最終取引価額のポイントは「交渉で決まる」という点にあり、企業価値評価で算定された金額をベースとして売り手側のアピール、買い手側の思惑・評価を踏まえた交渉によって、最終的な取引価額が決まります。

非上場企業の企業価値評価

時価総額の算定ができない非上場企業の場合、一から企業価値評価を行います。そして、その金額をベースに売り手・買い手で交渉が行われ最終取引価額が決まりますが、その決め手となるのは無形資産への評価です。無形資産とは以下のようなものをさします。

  • 特許、商標、著作権、意匠権などの知的財産
  • 営業ノウハウ、製造工程など会社独自に培われたノウハウ
  • 販売ネットワーク、営業ネットワークなど長年の積み重ねで構築された販売システム
  • ブランド力
  • 顧客、取引先リスト
  • 社内の人材が有する資格や免許
  • 事業の許認可

このような無形資産の評価は当事者ごとに異なるため、いわゆる相場のようなものがM&Aでは存在しない理由です。非上場企業が売り手のM&Aでの最終取引価額のイメージは、以下のようなものになります。
  • 最終取引価額=企業価値+無形資産への評価額

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M&Aにおける企業価値評価の手法

M&Aにおける企業価値評価の算定方法は、さまざまものがあるのが特徴です。それらは以下の3系統に分類されます。

  コストアプローチ マーケットアプローチ インカムアプローチ
概要 貸借対照表の純資産価値に着目して評価 類似企業や類似業種の株価に着目した評価 将来、生み出すと予測される収益性に着目した評価
メリット ・評価基準が客観的
・算出方法がシンプル
・客観性が高い
・市場取引環境を反映
・将来の収益力を価値に反映
デメリット ・評価に収益性が含まれない
・相場を反映していない
・条件に合う企業が見つからないと適用できない
・市場の変動リスクを実態以上に受ける可能性がある
・客観性に欠ける
・企業が続くことを前提としている

コストアプローチとは

貸借対照表の純資産価値に着目して評価を行う手法が、コストアプローチです。「ストックアプローチ」や「ネットアセットアプローチ」とも呼ばれ、中小企業のM&Aで多用されています。

具体的な評価額算出方法は、簿価純資産法、時価純資産法、営業権を加えた時価純資産法(年買法)などです。詳細は後述しますが、資産の時価評価を行わない簿価純資産法は、M&Aの現場で使われることはほとんどありません。

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マーケットアプローチとは

類似企業や類似業種の株価に着目した評価方法が、マーケットアプローチです。市場で売買されている類似企業(業種)の株価をベースとして、対象企業の評価額を算出します。ただし、類似企業が見つからない場合は、算定方法自体が成立しません。

対象企業との類似性が高いほど、評価の精度は上がりますが、一方で類似性が低ければ評価額の妥当性にも疑義が生じる方法であり、いかに類似性が高い企業・業種を選択するかがポイントです。具体的な評価額算出方法としては、類似業種比較法、類似取引比較法などがあります。

【関連】マーケットアプローチとは?企業価値の計算方法やメリットを解説【事例付】

インカムアプローチとは

企業が将来、生み出すと予測される利益・キャッシュフローに着目した評価手法が、インカムアプローチです。具体的な評価額算出方法としては、DCF(Discounted cash flow=ディスカウントキャッシュフロー)法、収益還元法、配当還元法などがあります。

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中小企業のM&A時に適している評価手法

上場企業間のM&Aでは、将来の収益予測を価値評価に反映させるインカムアプローチが頻繁に用いられます。これは、将来得られる利益を現在価値に換算して企業価値を算出する方法です。また、同業他社との比較がしやすいことから、市場データに基づくマーケットアプローチもよく使われます。

では、非上場の中堅や中小企業のM&Aにおいては、どのような企業価値評価方法が適しているでしょうか。

基本はコストアプローチ

非上場企業である中小企業のM&Aでの企業価値評価ではコストアプローチを用いることが基本です。理由としては、決算書に関して公認会計士、監査法人による財務諸表監査を通常行っていないため、正確性や信頼性が低い傾向にあるからです。そのため、中小企業のM&Aでは実態の貸借対照表(B/S)や損益計算書(P/L)を明らかにし企業価値評価に反映する手法を採用することが多いです。

コストアプローチの中でも「時価純資産+営業権」で行う算出方法が最も用いられます。この算出方法は、時価純資産法により実態を反映し、さらに企業が持つブランド力や人材資源、将来の収益力を反映することができます。また、算出方法もシンプルかつ客観性があるメリットを持っています。

他の手法に関して

コストアプローチ以外の他の手法に関してに関しては採用できる場合もありますが、非常に困難なことが多いです。

マーケットアプローチの場合、相場やトレンドを反映させることができます。その反面、類似の企業を見つける必要があります。そのためマーケットアプローチを採用する場合は、評価する企業の規模が比較的大きく、類似の企業を見つけることができるもしくは、企業価値を算定する者が類似企業のデータを持っている必要があります。

インカムアプローチの場合、将来性をみて企業価値を評価されます。そのため、上場企業のような事業計画を作成できているもしくは売り手側のオーナーが退任せず、買い手側企業に入り引き続き事業に関わり事業計画を達成することができることが可能な場合にインカムアプローチでの評価を実施することができる可能性があります。

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M&Aの企業価値評価における売り手側の留意点

ここでは、M&Aの企業価値評価における売り手側の留意点について紹介します。
M&Aの売り手企業において、以下のような財務状態だと高い企業価値評価を得られます。

正常収益として収益力が高い

正常収益とは、損益計算書(P/L)上で必ずしも確認できるとは限らない、事業そのものが生み出す実態の収益を指します。損益計算書の利益から、事業と関係のない損益や非経常的損益を除外し算出されます。

正常利益ベースで収益力が高く安定的に持続することができると見込まれれれば、企業価値評価のいずれにおいても基本的に高いのれん(営業権)がつきます。高いのれん(営業権)が付くことで株価も高くなります。

利子負債額が少なく純資産額が高い

利子負債額が少なく純資産額が高い場合には企業価値評価が高くなる傾向にあります。
コストアプローチは貸借対照表の純資産価値に着目して評価を行うため、純資産額が高いほど企業価値も高まります。

マーケットアプローチやインカムアプローチでは事業価値から非事業用資産を加算し、有利子負債等を控除することで企業価値評価を行います。そのため、利子負債額が少なければ企業価値評価が高まります。
いくら事業価値が高く評価されても、設備投資などのために金融機関から借入を多く行っていると企業価値が思っているよりも低く評価されることがあります。
 

含み益のある資産の保有

含み益のある資産の保有が多い場合は株価は高くなることが多いです。含み益がある資産とは、有価証券や土地、保険積立金などがあります。

特に土地は長期的に保有されていることが多くあるため、多額の含み益を抱えていることも少なくありません。

M&Aの企業価値評価における買い手側の留意点

M&Aの企業価値評価における買い手側の留意点をまとめました。

投資額の考え方

買収にあたり投資額を決め、その中に収まる案件を検討することが大半かと思われます。売り手側の留意点で示したように、同等額の企業価値評価であっても、その内実は異なります。買収にあたって何を重視するか決めておかないと、誤った売り手の選択をしてしまうかもしれません。

コストアプローチでは時価純資産+営業権で算出されます。企業価値評価が高かった場合は、営業権が高く評価されたのか、利子負債額が少なく純資産額が高いため評価されたのかを確認する必要があります。

利子負債額が少なく純資産額が高いため評価された場合、M&Aの際に退職金などにより払い出すことで投資予算枠内に収めることも可能です。買い手側の手出しを抑えつつ、売り手の希望価格を実現することも可能です。

投資の判断基準

M&Aの交渉を行う際は、これを逃すと次がないのではないか、早くしないと他企業に買われてしまうなど冷静な判断をできなくなることがあります。投資判断基準を持つことで、客観的に判断することができ、失敗のリスクを減らすことができます。また、改善したい業績を数値化することでM&Aの成果を明確に確認でき、成否をはっきりさせることができためM&A後の評価を行いやすいという点もあります。

具体的には「投資回収年数」、「投資利益率(ROI: Return On Investment)」が判断基準となります。

対象企業のEBITDA倍率が8倍だった場合、投資回収年数は約8年となります。しかし買い手側がEBITDA倍率が6倍までの案件としていた場合この案件は基準を満たしておらず割高として棄却されます。
一方、対象企業のM&A取引相場がEBITDA倍率10倍であった場合、相場からすると割高ではないとなります。

M&Aの投資判断基準は独自の判断基準と相場の両方を抑える必要があります。
 

M&Aにおける企業価値評価の算定方法:コストアプローチ

コストアプローチの代表的な算定方法として以下の3つを説明します。

簿価純資産法

対象企業の貸借対照表に基づいて、評価額を算出する方法が簿価純資産法です。貸借対照表の簿価額のみを基準にして計算する簡易的な方法で、純資産額=企業価値評価額となります。

客観性と簡便性に優れた算定方法ですが、資産の時価評価を行わないため含み損益が考慮されず、実態とかけ離れた評価になる可能性が高いです。

時価純資産法

対象企業の貸借対照表をベースに、資産および負債の時価評価を行って実質自己資本を算出する方法が時価純資産法です。実質自己資本(時価修正考慮後の純資産)=企業価値評価額となります。簿価純資産法の欠点を補う算出方法であり、より実態に即した評価額の算定です。

時価評価をする代表的な勘定科目は、資産項目では売上債権や棚卸資産、有形固定資産など、負債項目では、買掛金や未払給与、さらに偶発債務などの簿外債務があります。

時価純資産法でも貸借対照表という過去の実績のみに着目して評価をするため、企業が有する将来の収益力や帳簿には表れないブランド力などは一切、反映されません。M&Aは先行投資の意味合いが強いので、将来性などを考慮しない評価方法とM&Aとの相性はよくないといえます。

【関連】時価純資産法とは?計算方法や企業価値評価における活用、DCF法との違いを解説

営業権を加えた時価純資産法(年買法)

営業権(のれん)とは、ブランド力や人材資源、将来の収益力といった帳簿では考慮されない無形の財産価値のことをさします。時価純資産法では帳簿外の事項は未考慮という欠点があるため、時価純資産に営業権(のれん)を加えることでその欠点を解消するものです。

コストアプローチの中では、中小企業のM&Aで最も採用されています。

【関連】年買法(年倍法)とは?企業価値評価の計算ロジック・運用方法を解説【中小企業M&A向け】

コストアプローチのメリット

財務諸表の数字をベースに企業価値を算定するため、客観性に優れている点がコストアプローチを採用する最大のメリットです。

貸借対照表を見れば簿価純資産の価額はすぐにわかりますし、最新の業界動向や競合他社の事情といった複雑な要素は基本的に考慮されないため、客観性という面だけ考えれば十分であるといえます。

コストアプローチの注意点

コストアプローチのデメリットは、企業の将来性が評価に反映されず、足元の収益性なども考慮されづらいという点です。純資産とは、創業以来の積み上げによってできた実績なので、評価時点で業績好調、収益率拡大中だったとしても、それは純資産評価の一部にしかなりません。

また、将来性に至っては、評価に反映されておらず、 M&Aは将来の企業経営や事業拡大に向けた投資という意味合いが強いことから、将来性が考慮されていない点には注意が必要です。

【関連】コストアプローチとは?算定方法とメリット・デメリットをわかりやすく解説

M&Aにおける企業価値評価の算定方法:マーケットアプローチ

マーケットアプローチの代表的な算定方法として、以下の4つを説明します。先述したように、中小企業のM&Aでは企業価値評価として全ての企業に適用できるわけではありませんが、適用する際は類似会社比較法(マルチプル法)が最も用いられます。

市場株価法

上場企業限定のマーケットアプローチが、市場株価法です。対象企業の株式市場での株価の終値を、直近1~3カ月の期間の平均値を計算します。その平均値を企業価値として用いるものです。

類似会社比較法(マルチプル法)

評価対象企業と似た上場企業の「株価」を指標にして企業価値を算定する方法が、類似会社比較法(マルチプル法)です。評価対象企業が非上場の場合によく採用されます。

業種、企業規模、収益率、ビジネスモデル、財務状況などのさまざまな項目に照らし合わせ、対象企業と類似する上場企業を選択し、比準割合から対象企業の評価額を割り出す手法です。

評価額の客観的な妥当性は十分といえますが、類似企業が存在するのか、また類似性は十分なのかといった検証が必要になります。類似性が十分でない場合は、実態と評価額がかけ離れてしまうでしょう。

【関連】類似企業比較法とは?メリットや企業価値評価の方法を計算例付きで解説

類似取引比較法

評価対象企業と似た「上場企業のM&Aの取引額」を指標にして、株式価値を算定する方法が類似取引比較法です。類似企業比較法の指標が「株価」であるのに対し、類似取引比較法は「M&Aの取引額」に着目している点に違いがあります。

M&A事例の取引額に各種倍率を掛け合わせて評価額を算出するのですが、買収プレミアムが多額に加味されることがあるため、類似企業比較法に比べて評価額の妥当性が不透明になりやすい点は留意が必要です。

類似業種比較法

類似業種比較法は、国税庁が資産(財産)評価のために採用している方法です。したがって、M&Aの現場での使用には向いていません。対象企業と事業内容が類似する複数の上場企業の株価の平均値に対し、定められている係数を掛け合わせて金額を算出する方法です。

マーケットアプローチのメリット

マーケットアプローチのメリットとしては、株式市場の価額が評価額に直結するため客観性に優れていること、また最新の株価が評価額に反映されやすいことなどが挙げられます。M&Aの際には、ステークホルダーの同意を得られやすい手法でしょう。

マーケットアプローチの注意点

マーケットアプローチの注意点は、株式市場の混乱・歪みによって株価が乱高下している場合、適切な企業価値評価ができないおそれがあることです。

自社でコントロールできない同業他社の不祥事や倒産、天災や感染症拡大などの予期せぬ事象は、いつ起きるか全くわかりません。マーケットアプローチの場合は、その影響をダイレクトに受けてしまうかもしれないということです。

また、企業評価に適切な類似企業があるのかどうか、どの程度の類似性が求められるかなどの確認が必要になる点もデメリットといえます。特にベンチャー・中小企業などは、類似する企業が存在しないケースも多いでしょう。

【関連】マーケットアプローチとは?企業価値の計算方法やメリットを解説【事例付】

M&Aにおける企業価値評価の算定方法:インカムアプローチ

インカムアプローチの代表的な算定方法として、以下の2つを説明します。先述したように、中小企業のM&Aでは企業価値評価として全ての企業に適用できるわけではありませんが、適用する際はDCF法が最も用いられます。

DCF法

M&Aにおける企業価値算定の代表的な手法の1つがDCF法です。企業が「将来」生み出す収益(キャッシュフロー)を現在の価値に割り引いて企業価値評価を算出するので、割引キャッシュフロー法と称されることもあります。企業の将来の収益力に着目して評価額を計算する方法です。

DCF法による算定の流れ

DCF法による算定の流れを簡略化して説明します。

  1. フリーキャッシュフローの予測計算:税引き後営業利益+減価償却費-運転資本増加額-設備投資額
  2. 残存価値の算定:フリーキャッシュフロー×(1+永久成長率)÷(割引率-永久成長率)
  3. 割引率の算出:株主資本コストと負債資本コストを加重平均した加重平均資本コストWACC(Weighted Average Cost of Capital=ウェイテッド・アベレージ・コスト・オブ・キャピタル)を割引率とする
  4. 事業価値の算定:フリーキャッシュフローと残存価値をWACCによって現在価値に割り引く
  5. 企業価値の算定:遊休資産や有価証券などの非事業用資産額を事業価値に加算する
  6. 株式価値も算定:企業価値-有利子負債

【関連】DCF法とは?メリット・デメリットから計算方法や割引率まで詳しく解説

配当還元法

企業が、将来、払い出す株主への配当金を現在の価値に割り引いて企業価値評価を行う方法が、配当還元法になります。

将来の価値を割り引くという意味ではDCF法と共通していますが、DCF法が将来の収益を指標にしていたのに対し、配当還元法は将来の配当金に着目している点が大きな違いです。

計算方法はさらに細分化され、過去の配当実績を使用して算出する「実績配当還元法」、同一業界内の標準的な配当性向を使用して算出する「標準配当還元法」、過去の配当実績を資本還元率10%で割引いて算出する「相続税法上(国税庁)配当還元法」などがあります。

いずれの方法においても、配当を行なっていない企業(中小企業など)には適用不可であること、企業の資産およびキャッシュフローは全く考慮されないことには留意が必要です。

【関連】配当還元方式とは?評価方法、非上場株式の計算例、事業承継・相続時の活用も紹介

インカムアプローチのメリット

インカムアプローチを採用する最大のメリットは、企業の将来性やM&A後のシナジー効果などを評価額に反映させられる点です。先行投資の意味合いが強いM&Aにおいては、インカムアプローチは企業価値評価額の算出に最も適していると考えられています。

インカムアプローチの注意点

他の2つのアプローチと比べて、評価額の客観性が欠けてしまう点は、インカムアプローチのデメリットです。

コストアプローチでいう貸借対照表、マーケットアプローチでいう株価のような客観的な数字ではなく、事業計画・将来性・シナジー効果といった不確定要素への依存度が高いため、評価額の妥当性には検証が必要でしょう。

ステークホルダーへの説明も十分に行うことが肝要です。企業の永続が前提になっているので、清算などを行う場合には採用できない点も覚えておきましょう。

【関連】インカムアプローチとは?種類・計算方法・M&Aにおけるメリット・デメリットを解説

M&Aにおける企業価値評価のポイント

M&Aにおける企業価値評価には、以下のようなポイントがあります。

①キャッシュフローに注目する

企業経営において、キャッシュフロー(資金繰り)は何よりも重要な要素です。黒字倒産(黒字決算で一見、順調と思われる企業が倒産すること)という事象があるように、資金繰りがしっかりと回っていなければ企業としての価値を評価できないおそれがあります。

経営と資金繰りは一体不可分であり、決算状況の優劣に関わらず、企業価値評価においては対象企業の資金繰り状況を必ず確認しましょう。

②いくつかの手法を併用する

企業価値評価にはさまざまな算出方法があり、それぞれにメリット・デメリットが存在します。どの手法が良くてどの手法が悪いかを断定的に決めるのではなく、複数の手法を併用することで、より実態に即した評価ができるのです。

企業の決算状況や規模、業界動向によっても、最適な算出手法は変わります。また、どのような目的でM&Aを実施するかによっても、算出方法の適切度は異なるものです。

M&Aにおいては、企業価値評価は取引価額を決める重要な材料なので、M&Aを成功に導くためにも、妥当性のある企業価値評価ができるよう努めることが肝要になります。

③事業計画を入念に確認する

事業計画は、企業にとっては今後、進もうとしている道が記されているロードマップであり、将来の対象企業の姿を判断する材料となり得るものです。事業計画の内容を分析できなければ、それは対象企業の行く末を分析できないことと同義といえます。

対象企業がどのような将来を見据えて事業をしているのか、そのために足元ではどんな取り組みをしているのか、事業計画を通してしっかりと確認し、投資判断の可否を検討しましょう。

【関連】企業価値の評価方法とは?代表的な3つのアプローチを解説

企業価値評価(バリュエーション)の相談先の選び方

企業価値評価を実施する際の相談先は下記が挙げられます。

  • 税理士・公認会計士
  • 金融機関
  • 弁護士
  • M&A仲介会社

相談先を選ぶ際には、主に専門性、信頼性、コストなどの基準を設け、比較検討すると良いでしょう。

まず、適正な金額での交渉に臨むためにも、企業価値評価に関する専門知識のある公認会計士や税理士、または公認会計士・税理士と提携している弁護士・M&A仲介会社に相談するのが望ましいです。ただし、公認会計士・税理士であっても、M&A実務に対応している方は非常に少ないため、M&A仲介会社に相談するのが無難でしょう。

また、自社の機密情報や財務情報をすべて提出することになるため、信頼できる相手かどうかも重要です。

そして、相談先によってコストは異なるため、事前に費用を確認して予算に合った相談先に依頼することが大切です。企業価値評価において、適切な評価が行われなかった場合、M&Aが失敗に終わる可能性もあります。

また、法的リスクや財務リスクを未然に防ぐことも可能です。そのため、M&Aがスムーズに実施できるよう、最適な相談先を選ぶことが重要です。

企業価値評価(バリュエーション)の相談先の選び方

企業の価値を正しく評価し、アドバイスする役割を持つのがM&Aの仲介会社やアドバイザーです。最近はたくさんのM&A専門の会社が出てきて、どの会社やアドバイザーを選べば良いのか迷うかもしれません。

選ぶ際の基準として、M&Aの成功実績や会社が上場しているか、対応が親身か、費用の多さや最初に必要な費用、口コミなどが考えられます。これら全ては大切なポイントですが、特に企業の売買を考えているオーナーの方には、最初の相談時に「自分の会社の価値や市場価格」を分かりやすく説明してくれるかどうかを選びの基準として考慮してみてください。

M&Aにおける企業価値評価のまとめ

企業価値評価は、M&Aの取引価額を決定する大変重要な情報なので、抜かりなく取り組むことが必要です。コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチの3系統に分かれる企業価値評価方法には、数多くの算定方法があります。

各算定方法の概要や特徴を理解しておくことが大切です。スムーズな交渉と適切な取引価額の決定、そしてM&Aを成功に導くためにも企業価値評価をしっかりと行いましょう。本記事の概要は以下のとおりです。

・コストアプローチ
→時価純資産法、簿価純資産法、営業権を加えた時価純資産法(年買法)など

・マーケットアプローチ
→市場株価法、類似企業比較法、類似取引比較法、類似業種比較法など

・インカムアプローチ
→DCF法、配当還元法など

・M&Aにおける企業価値評価のポイント
→キャッシュフローに注目する、いくつかの手法を併用する、事業計画を入念に確認する

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